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一高四拾八石七斗壱升六合 《場所:中沢村》
一高弐百八拾八石六斗弐升 《場所:奥内村》
一高千百八石弐斗三升四合 《場所:田名部村》
一高百弐石七斗六升八合 《場所:田屋村》
一高九拾六石弐斗七升八合 《場所:目名村》
一高弐百五拾四石三斗四升四合 《場所:砂子又村》
一高三百四拾壱石九斗三合 《場所:蒲沢村》
一高百五拾石九斗五升 《場所:安渡村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは中沢村は中野沢村で高は44.711でここの高と違う。角川日本地名大辞典の青森県むつ市の中野沢村(近世)の項に『江戸期~明治22年の村名。北郡のうち。中沢村とも書く。』とある。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは奥内村の高は288.620でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは田名部村の高は859.170でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは田屋村の高は102.768でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは目名村の高は96.278でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは砂子又村の高は175.089でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは蒲沢村は蒲野沢村で高は293.452でここの高と違う。角川日本地名大辞典の青森県東通村の蒲野沢村(近世)の項に『江戸期~明治22年の村名。北郡のうち。蒲ノ沢村・蒲沢村とも書く。』とある。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには安渡村はない。角川日本地名大辞典の青森県むつ市の安渡村(中世)の項に『明治3年斗南(となみ)藩に所属。同年大湊村の一部となる。』とあり、旧高旧領に大湊村がありその高は150.950でここの安渡村の高とぴったり一致する。】