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一高弐百六拾八石八斗三升 《場所:城ヶ沢村》
一高四百九拾七石壱斗弐升 《場所:川内村》
一高百九拾壱石九斗七升四合 《場所:脇沢村》
一高八拾六石七升壱合 《場所:奥戸村》
一高五拾八石九斗三升三合 《場所:大間村》
一高五百三石九升六合 《場所:大畑村》
一高百九拾六石壱升八合 《場所:河代村》
一高六拾弐石七斗六升五合 《場所:志利屋村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは城ヶ沢村の高は268.830でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは川内村の高は416.571でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは脇沢村は脇野沢村で高は93.287でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは奥戸村の高は86.071でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大間村の高は58.933でここの高とぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大畑村の高は466.907でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには河代村はない。青森県むつ市に関根川代という地名がある。角川日本地名大辞典の青森県むつ市の関根村(近世)の項に『「天保郷帳」には当村の名が見えず』とある。旧高旧領での関根村の高は397.037でこれが川代村に相当するか?。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは志利屋村は尻屋村で高は47.660でここの高と違う。】