翻刻
明治八年
大阪
錦【絵】
新【聞】
第廿四【号】
南円堂(なんゑんとう)に
嚊(かゝ)焼(や)くとは
順礼歌(じゆんれいうた)の横(よこ)
訛(なま)りそれにはあら
で春(はる)の日(ひ)に男(をとこ)が二人(ふたり)も焼死(やけし)
せしは当(この)三 月(くはつ)の四日にて奈良(なら)県下(けんか)なる若草山(わかくさやま)鹿(しか)と分(わか)らぬ事(こと)には非(あら)ず
慥(たしか)に三笠山焼(みかさやまやき)は例年(まいとし)馴(なれ)し事(こと)なれば麓(ふもと)の草(くさ)に火(ひ)を付(つけ)て容易(ようゐ)に
草(くさ)は焼尽(やけつき)じとかの絶頂(ぜつてう)に憩(やすら)ひしが思(をも)ひの外(ほか)に風(かせ)はけしく
遁走(とんそう)せんと苛(あせ)れども猛火(もうくわ)四方(しほう)を塞(ふた)ぎてぞ是非(ぜひ)なく
死(し)せしは哀(あわ)れなり是(これ)のみならす誰人(たれひと)も万 事(し)に付て油 断(たん)から命(いのち)を失(うしな)ひ
財(たから)を失(うしな)ふ世 間(けん)に此類(これら)些(すく)なしとせず身(み)の用心(ようじん)火(ひ)の用心
猩々堂九化述
小信改二代
貞信画
いし和板