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新聞図会 第廿号
巡邏卒(おまはりさん)は人皆 無益(むゑき)のやうに思へど
其(その)功能(こうのう)実(じつ)に少からず別て痴病(あほう)などには的薬(めうやく)也
既に六月五日午前三時大阪天神橋下に投身(みなげ)有(あり)
規則の如く陰陽両体 括(くく)り合せて流れ居たり
巡邏(おまわり)其外五六名にて引揚療治を加へしかば頓(やが)て
蘇生(そせい)したり男は西京笹屋町飯森宗吉とて
廿一の若盛(わかざか)り女は同所中立売中島某が母の
志津(しず)四十二年の年増後家(としまごけ)三年前より馴合(ちゝくりあひ)しが
金に手づまり身を投しと色は思案の外か
なから廿歳(はたち)斗の身を以て初老を
越たる婆々さんと死なんとせしは
痴漢(たわけ)の親玉此 難病(なんびょう)を救(すく)ひしも
全く巡回散(おまわりさん)の功能(きゝめ)ならずや
四十二と廿一は二つ割に当りたれは
ひと度は四二天作の後家さんと
二進(にっちん)が一子 救(すく)うめてたさ
餘霞楼主人祝す【?】
本文には両人の書置あれど略て
八尾善板
小信改二代
貞信画
筆者藤村滋枝
《割書:新町通|壹丁目》八尾善兵衞板