翻刻
明治八年六月八日午前一時すぎ東京浅草新谷町佐藤麟造が留主(るす)に兄の終吉が泊(とま)り合はせ
たるに更(ふけ)行く夜はにあやしき物音 起(おき)て見つ寝て見(み)蚊屋(かや)ごしに乗(の)り掛(かゝ)つたる泥棒(どろぼう)は揉(もみ)あふ内に
着(き)物を脱(ぬ)ぎ赤躶(はだか)にて迯げ出るを追かけ行けども終吉が病(やまひ)の跛(びつこ)はしりまけ見失ひたる
片足が空しき短夜物がたり跡にのこりし泥棒の木綿袷と三尺帯 鑿(のみ)
見たやうな物を捨て置こちらは一品も取られずに能くマアこんな分捕(ぶんどり)をいたしましたと
日〳〵新
聞千三十
六号に出
文花堂誌
新聞図絵 第卅六号
【紙面右下
小信改二代
貞信画
八尾善板
ホリ平三
【紙面左端】
【上の枠 上から二文字読みにくし】
▢▢長谷川徳太郎
【下の枠】
《割書:新町通|壹丁目》八尾善兵衛板