翻刻
勧善懲悪 官許 錦画新聞【「勧善懲悪」「錦画新聞」は横書き、「官許」は縦書き】
第 三 號
大坂第一大区廿一
小区拾九番地入江平助
が養女(ようしよ)おしかは江戸 端(は)
うた舞(まい)の
指南(しなん)を
わざとして
養父母をやしなひ浮(うき)たるわざに引かへて心正しく
孝心厚(かうしんあつ)きものなり然(しか)るに養父平助は心だてよろしからず養女
おしかに心を掛けて度〻(たび〳〵)いひよれどあらぬことよといひ消(きや)され此上は
妻(つま)を去(さ)りて思(おも)ひを遂(とげ)んとて是(これ)迄つれそひたる妻をも生国芸州広しまへかへし跡は養
女とさし向ひ夜となく日となく責め口説(くと)き心に随(したが)はざるを憤(いきどふ)りて打擲(ちようちやく)に及(およ)ぶこと度々
なれば近所 隣(となり)にても聞(きゝ)つけて何ことにやとなだむれば我(わ)がいふこと聞かぬ故(ゆへ)と一向平気(ひたすらへいき)の
平助が道(みち)にかけたるふるまひにさすがの孝女(こうしよ)もあきれはて此上は養母(はゝ)へ孝を尽(つく)すの外
なしとてある夜 厠(せついん)にゆくふりして家を出厠の軒(のき)に提灯(てうちん)をつりおきて猶内にあるていに
しなし涙(なみだ)ながらに只独(たゞひとり)なれぬ旅路(たびじ)をはる〳〵と芸州広島にたづねゆき覚(おぼ)えたる三味
線を身過(みす)ぎにして養母をやしふとなん 《割書:時習舎しるす| よし滝画》
出版所《割書:本町四丁目|藤井時習舎》