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勧善懲悪 官許 錦画新聞【「勧善懲悪」「錦画新聞」は横書き、「官許」は縦書き】
第廿八号
角なる玉子は見ざれども三十日(みそか)の月を見
るにつけ真実有契情(まことあるけいせい)の一話(はなし)を聞(き)けり
新町通り二丁目高橋某が抱(かゝへ)の娼婦(まんた)
若靏といへる者の親里(をやざと)は阿波座下通り
一丁目にて父(ちゝ)ははやく世(よ)を去(さ)り母(はゝ)は
老年兄(としよりあに)は多病貧苦(たびやうひんく)にせまりて
遊女(ゆうぢよう)となりしが過(すぎ)る年(とし)
遊女ときはなしの
御布告(をふれ)にてはからず
親もとへ帰(かへ)れども人ませば水 増(ま)す
とやら却(かへつ)て一人の口(くち)がふへます〳〵貧苦を
かなしみてしなれる業(わざ)の賃洗濯(ちんしごと)なりふり
かまはず母兄につくす実意(じつい)を賞美(しようび)して
或(あ)る旦那家(たんなか)が世話(せわ)してやろといへど若靏は
承知(かてん)せず今(いま)お客(きやく)をとりては是迄(これまで)の親(おや)方に
義理(ぎり)たゝずと貧苦の中にも義をまもる其(その)
真意(まごゝろ)を高橋が聞(きい)て大いに感(かん)じ入 我(わが)家へ
呼(よび)とり元の如(ごと)く娼婦(まんた)となし其 得(え)る所の金を
こと〴〵く若靏にあたふ是によつて若靏
は母を安穏(あんをん)に養(やしな)ふとかやこれ孝子の徳とや
いはん
時習舎主人述
笹木
芳瀧画