翻刻
明治八年
錦画
新聞
第三月の六日の夜。淀の小橋の 石 和 板
中程(なかほど)に。 男女(ふたり)の衣類(きもの)ぬぎ捨(すて)て
上(うへ)に壱封(いちふ)のかき置(おき)は。 情死(しんぢう)と見ゆ
れど姿(すがた)は見へず。とふしたわけと
ことのもと。 尋(たつね)て聞(き)けば西京の
上七軒(かみひちけん)の客舎(おちやや)なる
山浅内の若菜(わかな)
とて。 顔艶(みめうつく)しき
倡婦(うかれめ)と。 添遂(そひとげ)る気(き)の遊男(たはれを)は
散財花(ちらすはな)さへ数千本(すせんぼん)。 通北(かよひきた)
野(の)にほど近(ちか)き。 笹井町にて
鳥店(とりや)ゆへ。 籠(かご)の鳥なる若菜とは。気も食鶏(あいのこ)の悪縁か
互(たが)ひに好(すき)と鋤鍋(すきなべ)で。身をこがしたるつゞまりの。 思案(しあん)も
今は煮(に)へつまり。せんかたなくも身を水に。 没(しつめ)て浮名流(うきななが)す
とは。あさはかすぎる愚(おろか)さとの噂(うはさ)のまゝをこゝに画ス
身を水にさらすのみかは名(な)もさらし
行をさらしたことゝ言はれん
芳瀧誌