翻刻
本安板
本為板
ホリトラ
長門国小松田村長右ヱ門が息子
源二郎は元豊浦町東鳥居
辺の材木屋の子にて
二才にて捨(すて)たるを
長右エ門が
拾(ひろ)ひ育(そだ)てあげたる
おとなし物何某方へ丁稚(でつち)と
なりしが主人家内の気に
入って貰(もろ)ふた金は身に
つけず拾ふた神の親里へおくる心の一燈(いつたう)の
育てた甲斐(かひ)の七光(なゝひか)りと喜ぶ影(かけ)のじつ親は左ほどの者になつたるかと許(もと)へ戻して育てたしと人を
もつて掛合ふても其 直(ちょく)一づの源二郎は二つで捨た親よりも今日迄そだてゝもろふたる親の恩義(おんぎ)の
深いとて渕(ふち)の浅 知惠(ちへ)うけつけずじつおや是に 一音もなくつい其まゝに成いたるは貧(ひん)といへども
子宝を捨るといふは道でなく育てゝおいてごらんなさい
役にたつことがありますと明治八年
第六月
讀賣百二十一号に出
【題字】
大阪新聞錦画 第十七号
【紙面左下】
小信改二代
貞信画