翻刻
横浜野毛町四丁目
髪結職鈴木藤松が蓄猫(かいねこ)が子を
三疋 産(うみ)おわつて死(し)せりかねて獣好(けものすき)
にて洋犬(ようげん)の雌(め)も飼(かい)たるに明治八年
五月のころ柴犬も子を産みしに望(のぞ)み人
ありて早く子を譲(ゆづり)り【衍字か?】たれば親(おや)犬の乳汁(ちしる)たれてやまざるを
孤猫(こねこ)にあてがい昼夜 養育(やしなひ)おこたらず家内店のお客迄も
不思儀(ふしぎ)た【と?】て傍へよれば子猫をとらるゝやと洋犬の吼(ほへ)たつる程(ほど)になりたり
実(まこと)に全国兄弟の契(ちぎ)り貴族(きぞく)官員が平民を軽蔑(けいべつ)せるは犬にだも鹿猿 可(べ)けんやと
日日新ぶん千三十
五号に出ず
大阪錦画新話第八号 □□□□二
小信改二代
貞信画
阿波文板
森□板