翻刻
東京日々新聞 三百廿二号
民(たミ)に親愛(しんあい)を教(おしゆ)る孝より
善は莫(なし)と.尓(さ)れば氷(ひよう)上に
鯉(り)魚を獲(ゑ).雪中に笋(たかんな)を
抜(ぬ)く.古(ふる)き教(おしへ)を固(よく)守て.
老母が長(なが)き病(いたつき)に
食料(しよくりやう)湯薬(たうやく)二便(にべん)
の看護(かんご).聊(すこし)も他人の
手を借(から)ず至(いた)れり
尽(つく)せる其(そが)うえに.快(くわい)
晴(せい)の日は背負(せお)ふて遊歩(いうほ)し.
母の喜(よろこ)ぶ体(さま)を見て.吾(わ)が
第一の歓楽(くわんらく)とす而(しか)して多年(たねん)
も一日の如し.未(ま)だ秋 浅(あさ)き
季候(ころ)なるも氷を食(しよく)せんこと
を望(のぞ)めば.数里(すうり)を阻(へだ)たるに
長沼(ながぬま)山の.渓間(たにそこ)深(ふか)く下(おり)たちて
僅(わつか)に氷を索得(もとめゑ)つ.母に與(あた)へし孝子は
之(こ)れ.福島 県下(けんか)岩代(いわしろ)の国 岩瀬郡(いわせごほり).
鏡沼村(かゝみぬまむら)の農民(ひやくしやう)にて.褒金(ほうきん)若干(そこばく)
賜はりたり
轉々堂鈍々記
一蕙斎芳幾