伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・下) - 翻刻

藩翰譜(四・下) - ページ 4

ページ: 4

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【右丁】 戸田《割書:松平》 戸田《割書:土佐守》 戸田《割書:左門》 牧野《割書:右馬允》 西郷牧野《割書:内匠頭》 松井《割書:松平》 三宅    西郷   土岐   高木 【左丁】     松平 二連木 戸田  藩翰譜四之下 丹波守藤原康長は三河の国の住人戸田弾正左衛門尉宗光 か後胤也宗光はしめ明応年中当国田原の城を築てすみ又 二連木の城を築て移 ̄ル《割書:其家のつたふる所は三条庶流の藤氏といふ親元|日記を按するに寛正六年四月十七日日記に宗光都に》 《割書:のほりて伊勢兵庫助に対面の議有いはく三河国の御被官十田弾正左衛門尉宗光|と云々五月廿六日の記に蜷川掃部助淳親か知行三河の国大平の御代官の事十田に》 《割書:契約せしのよしをのせ七月廿九日の記に御被官三河の国十田弾正左衛門 八朔の|祝儀として伊勢守父子に太刀を送けるよしをのすしかれは戸田もとは》 《割書:十田とかき十田また伊勢伊勢守貞親か被官たり此年三河国守護細川|讃岐守か家人等主にそむき国中所々にかくれ住松平和泉入道十田弾正》 《割書:左衛門尉宗光をして追補すへきのよし伊勢守幷に貞雄親元等か奉|書案をのせそれらにも十田は御被官たりと住せり松平和泉入道といふは》 《割書:徳川殿の御先祖信光の御事也これをもつて見るときは松平十田当時|三河国の両目代にて当国の事二人の沙汰に出しと見へたり○又按するに》 《割書:明応元年よりさかしまに寛正六年に出て十七年なり宗光明応に|田原をきつきそのゝち又二連木をきつきうつりしといふ事いかゝ有》