翻刻
にぞ。さらばといひて片貝(かたかひ)は。三味線(さみせん)を掻(かい)とりつ幾瀬(いくせ)は皷弓(こきう)の役(やく)に居(を)れば。小曽女(こそめ)は琴(こと)
のは柱(ぢ)をかけて。軈(やが)て弾出(ひきだ)す三人(みたり)の音色(ねいろ)。いづれも倍(まさ)ず劣(おと)らぬ曲(きよく)に。人々(ひと〳〵)心耳(しんに)を澄(すま)すばかり。霎(しば)
時(じ)は一坐(いちざ)寂(しづ)まりたり
第九 古今伝授(こきんでんじゆ)のまき
この楽(たのしみ)も時(とき)過(す)ぎて。永(なが)き春日(はるひ)もはや闌(たけ)て。午(うま)の貝(かひ)吹(ふく)ころとはなりぬ。夫(それ)より吉光(よしみつ)は
辞退(じたい)する小曽女(こそめ)が詠草(えいさう)を請(こひ)とりて。端(はし)より次第(しだい)によみくだし。只管(ひたすら)称誉(しやうよ)し給ふほど
に傔仗(けんぢやう)夫婦(ふうふ)も歓(よろこ)ばしきことに思ひてさま〴〵の追従(つゐしやう)言葉(ことば)を謁(つく)すうちに。女児(むすめ)小曽女(こそめ)は
哥(うた)の道(みち)を好(この)めるものから年(とし)もまゐらず。いと拙(つたな)くは候へど。あはれ君(きみ)の賢慮(けんりよ)をもて。古今(こきん)
伝授(でんじゆ)を賜(なまは)らば是(これ)に倍(まし)たること侍(はべ)らず。成(なる)べくは近(ちか)きほどに御許(みゆるし)あらば女児(むすめ)は元(もと)より。われ〳〵とて
も生前(しやうぜん)の歓(よろこ)びにて候と。聞(きい)て吉光(よしみつ)欣然(きんぜん)とし。そはいと易(やす)き願(ねが)ひ也今(いま)直(すぐ)にと膝(ひざ)たて給ふを。
おし止(とゞ)め参(まゐ)らせて今(いま)は御遊(ぎよいう)の妨(さまたげ)なり。いつにても御閑暇(ごかんか)の折(おり)もて願(ねが)ひ奉(たてまつ)ると。いひ果ぬに吉(よし)
光(みつ)が。互(たがひ)に若(わか)き身(み)ながらも只管(ひたすら)懇望(こんまう)することを。寛々(ゆる〳〵)延(のば)すべきならす。真蘓枋(ますほ)の芒(すゝき)の