翻刻
故事(ふること)あり。いざ〳〵准備(ようい)いたすべし。去(さり)ながらこの事(こと)は冷泉家(れいぜいけ)の極意(ごくい)にて。彼家(かのいへ)
伝授(でんじゆ)の法式(ほふしき)は七間(なゝま)を隔(へだて)一間(ひとま)毎(ごと)に。内(うち)より錠(ぢやう)をさし固(かた)め。其処(そこ)にて伝授(でんじゆ)をする事なれど
それにてはいと手 重(おも)し。二間(ふたま)ばかりを隔(へだて)てなん。奥(おく)まりたる所(ところ)あらば案内(あんない)せよと立(たち)給へば
傔仗(けんぢやう)小弱木(こよろぎ)は先(さき)にたち。奥(おく)のかたへ案内(あんない)し参らす吉光(よしみつ)四辺(あたり)をみまはして。こゝの一間(ひとま)が宜(よか)らんと
やがて其処(そこ)此処(こゝ)を建(たて)きりつ。待間(まつま)もあらず徐々(しづ〳〵)と入(いり)来(く)る小曽女(こそめ)が面(おも)ざしは三人(みたり)の側室(そばめ)
音勢(おとせ)等(ら)には聊(いさゝか)劣(おと)りたる方(かた)なれど。その風俗(ふうぞく)の跫然(しと)やかさは。いかなる宮腹(みやはら)の媛(ひめ)といふ
とも是には過(すぎ)じとみゆる斗(ばか)り。おのづから愛敬(あいけう)づきて寝(ね)よげにみゆると業平(なりひら)が。詠(よみ)けん
むかしも思ひ出(いだ)されて。心(こゝろ)恍惚(くわうこつ)となり給へば頓(やが)てすつとすり倚(より)ツゝ《割書:光|》〽古今伝授(こきんでんじゆ)の三鳥(さんてう)三 木(ぼく)
それよりは三丁つゞけの。よいことを教(おし)えてやらう。此方(こつち)を向(む)きやれト衿首(えりくび)に手をかけて
引(ひき)よせ給へば。小曽女(こそめ)はいまだ恋(こひ)しらぬ心(こゝろ)ときめきたりといへどもその年(とし)もはや十七にて。男(をとこ)
欲(ほし)やの気(き)も出(いで)たるに。吉光(よしみつ)が艶姿(やさすがた)。いなにはあらぬ稲舟(いなふね)の。流(なが)れよる瀬(せ)の波(なみ)まくら。身(み)も
動(うこか)さで有(ある)ほどに。吉光(よしみつ)やがて口(くち)を吸(す)ひ。はや玉門(ぎよくもん)へ手を入(い)れて。探(さぐ)り給ふに年(とし)は年だけ
下ノ六