翻刻
低語(さゝやけ)ば笑(わら)はせ給ひ〽大(おほ)かた左様(さう)でありつらん。その准備(ようい)にと蔀(しどみ)にいひつけ。取(とり)よせ置(おい)た
黄金(こがね)千両(せんりやう)。それをとらせて斯々(かう〳〵)せよト仰(おせふ)をうけて〽夫(それ)ならば恨(うら)み所(どころ)か大歓(おほよろこ)び。さぞ有難(ありかた)く
存(そんじ)ませうトいひツゝ佐栗(さぐり)は蔀(しどみ)より。金千両(かねせんりやう)をうけ把(とつ)て。下部(しもへ)に負(おは)せ道(みち)をはやめ。来(く)るとは
知(し)らでうち腹(はら)たつ。浅香(あさか)は椽(えん)に端居(はしゐ)して。長(なが)いものには捲(まか)れろと。喩(たとへ)にいへど余(あんま)りな手妻(てづま)つ
かひの懐(ふところ)より。まだ怖(おそろ)しきあの換玉(かえだま)。吉光(よしみつ)さまでなからうなら。その往先(ゆくさき)を遂(おつ)かけて。
赤恥(あかはぢ)かゝすも知(し)つては居(ゐ)るが。左様(さう)したならば女児(むすめ)の身(み)に。崇(たゝ)りがあらうと。それも
できず。悔(くや)し涙(なみだ)を堪(こら)える怨襟(つらさ)。佐栗(さぐり)雄士(をとこ)もちよくらもの。騙(だま)して何処(どこ)へか迯(にげ)おつた。
ホンニこれが何様(どう)したら。腹(はら)が医(い)やうと。こなたの空(そら)を。うち眺望(ながめ)ツゝ操言(くりこと)の。恨(うら)み烈(はげ)しき
折(をり)こそあれ〽浅香(あさか)は内(うち)歟(か)トいり来(く)る佐栗(さぐり)。それとみるより佐栗(さぐり)が胸逆(むなさか)。とらんとする
手(て)を緊(しつか)とおさへ〽抱(だい)て寝(ね)たときや可愛(かあいゝ)の。三百ぺんも言(いひ)ながら。精(き)をやりつゞけて死(し)ぬ〳〵と。
言(いつ)たを今更(いまさら)忘(わす)れて歟(か)。たとへこの身(み)は換玉(かえだま)でも。まんざら憎(にく)うはあるまいに。何(なん)で其様(そのよ)
に腹(はら)たつのじや。しかし君(きみ)にも気(き)の毒(どく)との。仰(おほせ)につけこみ金千両(きんせんりやう)。まうし請(うけ)てお前(まへ)へ
下ノ七