翻刻
まア肝心(かんじん)の。御床入(おとこいり)が。出来(でき)やうかいなト低語(さゝやけ)は〽何(なん)だかどうもむづかしさう。夫(それ)よりは後室(こうしつ)の壽田(すだ)
の方(かた)さまはやう〳〵に。お二十九のわか後家(ごけ)さま。美(うつく)しいとは何(なん)の事。女(をんな)でさへ惚々(ほれ〴〵)するほど。いつその
ことに壽田(すだ)さまに。遊(あそ)ばしたら宜(よ)さそなもの〽まさかになんぼ御美(おうつく)しくても。左様(さう)はならぬ訳(わけ)で
あろ。しかし小蝶(こてふ)とん全躰(ぜんたい)は。明石(あかし)さまを直(すぐ)さまに。御所(ごしよ)へ御入輿(ごじゆよ)とある処(ところ)を。むかしは此方(こつち)へ
聟(むこ)をとり。婚礼(こんれい)さしてその後(のち)に。男(をとこ)の方(かた)へ引(ひき)とるが。日本(ひのもと)の礼(れい)とやら。どうぞ左様(さう)いたしたいと。
壽田(すだ)さまの御願(おねが)ひで今宵(こよひ)御所(ごしよ)さまが入(い)らせられ。御婚礼(ごこんれい)とのその噂(うはさ)。左様(さう)してみれば壽田(すだ)
さまにも。お心(こゝろ)有(あつ)てのことかもしれない〽左様(さう)とも〳〵壽田(すだ)さまは。お年(とし)も盛(さか)りの若後家(わかごけ)で。
夫(それ)に男(をとこ)が大(だい)お好(すき)。先刀祢(せんとの)さまにも毎晩(まいばん)〳〵。三(みつ)ツも四(よ)ツも強(しゐ)つけて。竟(つひ)におかくれ遊(あそ)ばしたも。腎(じん)
虚(きよ)とやらいふお病(やま)ひさうな。夫(それ)から後(のち)はお一人住(ひとりすみ)。淋(さび)しうておなりなさるまい。明石(あかし)さまは鑓(まゝ)しい
お子(こ)。どうやらちやつと横盤(よこばん)を。お切(きり)なさるもしれないトいふ口(くち)押(おさ)へて〽これさ〳〵。滅多(めつた)なことを
いふまいぞ。何様(どう)でも此方(こつち)のかまはぬ事。ヲヤ御時計(おとけい)もモウ四ツ半。急(いそ)いで御掃除(おさうじ)しませうト
掃除(さうじ)も終(をは)ればはや九ツ。遠見(とほみ)の雑人(ざふにん)は走来(はせきた)り。御所(ごしよ)さまの御入(おいり)ざふと。知(し)らせに破驚(すは)やと奥表(おくおもて)
下ノ十