翻刻
浅香(あさか)はうなづき〽ほんにノウ鳥翔(とりつばさ)でさへあの様(やう)に。子(こ)を慈(いと)しがるは自然(しぜん)の情(じやう)。却(かへつ)て人(にん)
間(げん)はあれほどの。情がないと思ふか知らぬが。お前(まへ)の祖父(おぢい)さんは花華好(はでずき)で。常(つね)に立派(りつば)な
物(もの)好(この)み。辞世(なくなら)れた跡(あと)へ残(のこ)るは。この家屋敷(いへやしき)と借銭(しやくせん)ばかり。夫(それ)も他(ほか)なりや宜(よけ)けれども
荘官どのへ質に入れた。田地の元金三百両これは代々この家に伝(つた)はつた家督(かとく)田(でん)
地(ぢ)。手放(てはな)しては御先祖へ済ぬといふてゞ有たけれと。何をいふにも大金で。請戻(うけもど)す手(しゆ)
段(だん)もないうち。知つての通りお年のうへ。斯成(かうなつ)てみれは私の役目。何卒して取戻したら
草(くさ)葉の蔭て。祖父さまが。さぞお歓(よろこ)びなさらうと思つても男(おとこ)の手(て)でさへ。及はぬお金を
女(をんな)の身(み)で届か。ぬ事と明らめても朝(あさ)に晩(はん)に気にかゝり。神仏へも無理(むり)な願(ねがひ)。かけた
お蔭か此間おまへにも噺(はな)した。通(とほ)り。室町(むろまち)さまがお前の噂(うはさ)を何処(どこ)から歟(か)お聞(きゝ)遊(あそ)ばし
是非〳〵あげろその代り。御 金(かね)は望(のぞ)み次第(しだい)に遣(やら)うと。順菴(しゆんあん)さんの。御取次(おとりつき)ヤレ嬉しや
その金で。田地(でんぢ)は直(すぐ)に手元へ返る。とは思つてもおまへはまだやう〳〵取(とつ)て十四の
女児(むすめ)。十三年のその間。丹誠(たんせい)したも可愛(かあい)さと。また末(すゑ)始終(ししう)楽(たの)しみにもと。思(おも)つた
相生之壱