翻刻
御沙汰(ごさた)があらう。といはれたもモウ五六日。大方(おほかた)間(ま)もあるまいほどに。往(いき)たい
処(とこ)でも有(ある)ならば。今日(けふ)にも往(いつ)たがよいぞやト。実(げ)に児(こ)をおもふ親心(おやごゝろ)は。また格別(かくべつ)
としられたり。折(おり)から来(きた)るはこの地(ち)の豪富(かねもち)。弓削道足(ゆげみちたる)といふものにて。この年(とし)は五十(ごじう)
可(ばかり)。されど気軽(きがる)で年(とし)よりは。若(わか)くみゆるが。日頃(ひごろ)の自慢(じまん)。この頃(ころ)流行(はやる)点取(てんとり)発句(ほつく)。浅(あさ)
香(か)も音勢(おとせ)もいひならひ。何処(どこ)の奉燈(はうとう)よしこの奉額(はうがく)。月次(つきなみ)運座(うんざ)衆議判(しやうぎはん)。萬者(はんじや)
披露(びろう)の初会(はつくわい)のと。持(もち)こまれては否(いや)ともいはれす。かの道足(みちたる)はこの道(みち)に古(ふる)く染(そま)りて巧者(かうしや)
なり。女(をんな)に勝(かち)をとらせんと。折(をり)〳〵代句(だいく)もしてやるにぞ。音勢(おとせ)は叔(をぢ)さん〳〵と。隔(へだて)あらねば
道足(みちたる)もいと憎(にく)からず往(ゆき)かよひ。遊(あそ)ぶにはよき女子(をなご)の世帯(せたい)。誰(たれ)に遠慮(ゑんりよ)も内蔵(ないしやう)の
ことまで裏(うら)なく語(かた)りあふ。中(なか)らひなれば其処(そこ)へきて《割書:道|》〽何(なん)だ慈母(おふくろ)大分(でへぶ)真面目(まじめ)で
何(なに)かいふの《割書:浅|》〽ナアニ此(この)間(あひだ)お前様(まへさん)にもお噺(はな)した事サ《割書:道|》〽ムゝ音勢(おとせ)ばうの事(こと)か。ムゝ〳〵
彼(あれ)は至極(しごく)あの子(こ)の了簡(れうけん)がいゝコウ〳〵音勢(おとせ)ばう。室町(むろまち)さまは誠(まこと)に美男(いゝをとこ)でそ
して女(をんな)をは滅法(めつほふ)可愛(かあい)がらツしやるといふ噂(うわさ)だ。お前(めへ)は僥倖(しあはせ)だ。此様(こん)なあどけねへ
上ノ二