翻刻
穴より又さくりたるに人ハ求得ず当る所の荷物を取出し
たり向ふの処より一人の男襦袢一枚にて出来たり誰そと
声懸れハ三州の人なりこれハ九人の同勢の処私一人のかれ
出たるよしを云みらハ諸共此所を立のかんとそれより
打つれて三人となり其夜ハ近辺の山とやらんにて明せし
となり扨暁になるを待て其処を立出名古屋を通り日名之
玉屋町近江屋と云に宿せし也其時彼地の様体を物語
せしとそ 御城下にて信州変異の知れたる初発には
ありけれこの物語により絵図を板行し売りありく
此河内屋某ハ一人の連ハ失ひつれとも幸に荷物を得たる故
衣服路銀の類ひに手支せず三河の者にも衣服を与へ路ハ
廻れとも一所に名古屋へかゝり給へ路用ハ参りすへし
とて当所へ悦ひ来れり三河の者多くの同勢を失
けれハしはしの休息をも急せて急きにいそき国許
へ帰りしなり 右者近江屋の咄
此変事無キ前善光寺開帳のた建札故なくして倒ル故に
又起し建たるにその夜亦倒れぬ人々不審したるよし
右ハこ此事の已前信州松本の藩士当国古儀東輪寺へ来
りしことあり其時の物語のよし
一この折ふし片髪こげて襦袢のやらの物を着し押切の街
を通行せしを或ハその故を尋しかハ信州にて大難に遭ひ
同行をも失ひ身もかかる体なるよしいひ落涙せしと也