伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(一) - 翻刻

藩翰譜(一) - ページ 66

ページ: 66

翻刻

【右帖】 軍兵あまた敵の陣にかけ入しにまきれて正貞か首取 敵もなく終に郎等にたすけられて引返すからう して命いき出たり 其後御家人となつて寛永七年 五月十九日大番頭となり叙爵し慶安元年六月廿日 大坂の城番を承り所領倍し下さる《割書:もと一万石二万石|となる上総の飯野》 《割書:といふ所|を領す》身既に老ぬれは万治三年の冬請によつて 番役ゆるされて帰る 明る寛文元年十一月朔日七十 四歳にて卒す其子越前守正景父につく延享五年 七月八日仰かうふりて大坂の城番となり弾正忠になる 其子兵部少輔正祥 【左帖】    甲府 参議源綱重卿は大猷院殿贈大相国家第二の御男 御童名は長松丸慶安四年十月所領の地を参らせ らる《割書:十五|万石》承応二年八月十二日従四位下左馬頭に なされ同き年十月七日正三位の左中将にのぼり たまひ寛文元年閏八月九日甲斐の府中の城 賜りて地くはへたまひ《割書:十万五石を|くはへらる》同き年十二月 廿八日参議に任したまふ中将はもとの如し御年 三十五にして延宝六年九月十四日に世をはやう せさせたまふ御子三位中将殿御跡をつぎ給ふ