翻刻
使して招(まね)かれしかとも来らす。大
明(みん)の代に及ひて。大祖の洪武の初
に貢使(こうし)をまいらす。其国三ツに分
れて。中山山南山北の三王あり。
其後 封爵(ほうしやく)請ひしかは。中山山南
の二王に。鍍金(れききん)の銀印を賜りたり。
《割書:鍍金とは金|をやき付る事》此時三王たかひに争ひ
戦ひしかは。天子其中を和らけ給ひ。
山北も印幷に文綺(ふんき)【左注「をりもの」】等を給はる
《割書:中山山南を封せられしは。洪武十五年の事。山北|を封せられしは。同十六年の事也。本朝後円融永徳》
《割書:二年三年。公方鹿苑院|とのゝ時にあたれり》同しき二十五年。中
山王察度。《割書:王の名なり。姓は|向【ママ】とあり》その子姪(してつ)幷に