翻刻
尤道具も無之に付流より候舟板の古釘をとり石を以摺立釣釘を
拵又磯へ打寄候苧物なとひろひ釣縄をより魚を釣始申候て食
事にも心安日を送り申候内九月五日初て鳥渡申候扨又舟のおやち
源右衛門ハ持病に積御座候処漂着之時分より殊の外気を痛候上
暑にいたみ相煩次第におもり療治等は無之終に九月七日病死致候
一九月九日に相至りてハ鳥多く相成候に付喰初仕候地方秋米出
来候様の心持に相成申候扨年中の事跡先差考候処無程十月頃にも
相成候に付最早来年貯鳥も追々とり可申且当年の様子にてハ
干鳥少く難義に及候故今年其考にて余計に干貯可申と
申合其頃より時々干鳥致翌三月頃まてに干立相済勘定致候処
壱人前に鳥二百羽程つゝ三人前合て六百羽程御座候を夏中食料
とかこひ置申候無程四月頃より鳥も立行五月中旬頃よりハ壱羽も居
不申候得共当夏者干物沢山致置候に付差て磯辺へ出て辛労致候に
不及気味に存朝夕干鳥はかり食し水呑処穴屋に渇水有之居なから
呑歩行も不仕只いたつらに暮し居申候内いつとなく骨肩もいたみ候様に
覚候得共差たる事とも不存うか〳〵と日を暮申候処次第に勢力も落
其近処あるき仕候にも筋骨いたみ候様に相成無是非喰てハ寝起てハ喰
仕候処後々にハ立居もなりかたく其上干鳥も咽へ通らぬ様に相成申候
三人之内長平壱人ハ勢力落候得共そろ〳〵磯辺あるき回り二人の者
へ磯蟹なと取拵為給候得共別て腹中請能有之候得共二人分食料
にハ達かたく少しなからなるたけ介抱致候得共終に午八月廿九日に長
六相果申候同九月十三日に勘兵衛も相果申候致方無御座穴を掘埋水花手向
申候也