キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 12

ページ: 12

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 此時江戸に御座しけるか久留米に置れたる  家老有馬内蔵介稲次壱岐有馬内記同主水《割書:后|号》  《割書:豊|前》等相談しけるは長門守殿御小身と云殊に  当年御在江戸な連は定而人数不足成扁し然  は大守御留守成共当家之御人数を分遣し島  原之城堅固成様に急に手遣有度事也去共豊  州府内《割書:越前少将|忠直配所》之御目付中ゟ兎角之仰なき  中に卒忽之出勢如何成者急き豊後へ使者を  遣し御下知を受ん与云所に豊州ゟ飛脚到来  して島原与天草両所之民謀り合て御文法に  背く彼一党退治之ゐに日来定置連る御軍役  之人数凡半を減し境目迄出し此方之下知可  待与之義也 別当杢左衛門覚書曰角蔵三吉等拾六人は島原  御籠城之翌日十月廿七日朝見せし免として  被致成敗事 島原一揆松倉記曰十月廿七日廿八日両日之内  に足軽中間家中召仕下々迄遂穿鑿一揆一味  之者共百四十壱人成敗春ると家老役事早々  能き所に心付無油断故に島原籠城無恙と家