キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 21

ページ: 21

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 と云に依て平右衛門彼等に一礼をのべ急き  出舩して肥後に至り彼所之様子聞届て既に  赴き千々石灘を過る所に例之一揆共舩を出  し彼吉田か舩を止るに依て最前肥後へ赴き  たる有馬玄蕃頭か家来吉田平右衛門成と云  けれは子細なしと云て舩を通春平右衛門虎  口之難を遁連て終に久留米へ帰し也 佐野弥七左衛門覚書曰十月廿八日夜半時分同  名惣左衛門は島原ゟ二里斗沖へ参候処に岡  之方には方々放火焼痕之火星之如く城を取     廻し責戦候躰に相見に舩中之者是は〱とあ  きれたる由時に惣左衛門申候は焼迹に而只  壱人空しく切抜致さんと思ひ候処に城中ゟ  石火矢なと打出春と聞へ候城は如何にも堅  固成を扨々大慶不過之候急き舟押候得と申  時に左右之送り舟を寄面楫之舟ゟ取楫之舟  江申候は兼々約束之時刻唯今そと高声尓申  候を惣左衛門聞あへ須長太刀之鞘を者津し  立揚り約束とは何事そ壱人に而も頭出し候  はゝ海へ切込候はんと申已免き多て猶更我