キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 35

ページ: 35

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勇功記曰稲次壱岐有馬内記は十月廿八日より  同晦日迄抜津に有馬御目付中之御左右を侍  処に晦日之夜に入て豊後ゟ之飛脚抜津に来  り兼而は隣国之軍勢を以て一揆悉く可有御  退治与議せられけ連共江戸ゟ御下知有ん迄  は暫事を可被止先其表引払へしと云々 又曰同日申之刻斗に五十田勘右衛門猿木長太  夫抜津に帰り急き壱岐内記に対面春べし迚  両人茶屋へ出る処に彼地に有合諸物頭組付  之士に至迄五十田猿木か物語を聞ん為に茶  屋之広間へ馳集る両家老奥之座敷に居而両  人之使者を召出しけるに勘右衛門流石此時  は長太夫斗に任せ難や思けん舩中にて猿木  に聞たる物語似合敷語出け連共内記五十田  か言葉之あや覚束なしと思けるにや長太夫  に向て貴殿も無遠慮被申聞よと云に依而去  る廿六日岡本新兵衛多賀主水深江村に於て  一揆数十人討取り島原之城へ引入る所に敵  逐間なく寄来大手之門際まて攻近くと云へ  共悉く追払たる始終之様子長太夫悉く演説