← 前のページ
ページ 36 / 119
次のページ →
翻刻
しける中に何事とは知す春勘右衛門又語出ん
としけるを内記聞も不敢長太夫物語分明也
貴殿何角与被申は無用成与荒けなくいひし
也扨両人次之間へ出けるに列座之面々勘右
衛門には会釈せ須長太夫を取廻して島原之
咄を聞し也彼長太夫常は才覚もなき様にて
見慢る者茂多かりしか此時始終之心遣一々
其理に当りしかは各眼を付返しに原之城本
丸に於て晴成る討死を遂しに依て人に惜之
けるとかや五十田勘右衛門も原之城中に而
相応の挊有しか共彼使者之首尾不能迚壱岐
内記甚不與せしを恥悔て程なく遂電しける
と也
切支丹蜂起覚書載
江戸へ飛脚差下申候間一筆申上候
一肥前国之内於島原松倉長門守殿御領分之
百姓共古吉利支丹御座候而去廿五日ゟ一
揆起在々焼払申候由風聞御座候間不慥成
義御座候得共先風説之通府内御横目衆江
則注進申上候島原へも様子承使者遣申候