キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 61

ページ: 61

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 に於ては今度之御し使承りながら病気に而御免を  辱とは存春満し外に代り抔と承りたらは必自害す  遍し其侭遣はされよ人に依て此事也道中に而も  死たらは其時に代を遣はされよと申け連は例ゟ日  数を経たらは弥蜂起可仕哉など重て申す人有  けれは讃岐守笑て彼等土民之一揆也誰有て  一味春へきとし色を立る者あらはよき次で也  試らるゝ為也旁板倉被然るへけれと申さるゝ尓与  りて内膳正重昌に極りけり重昌此物語を伝へ  聞て其悦ひ弥勇みす進て嫡子重矩《割書:後内|膳正》十六  歳に成るを同道し不日に出陣しける其冬之軍思之  外手間取ける旨  召聴に達しけれは松平伊豆守信濃を差向らる  ゝと披露有け連は大久保彦左衛門尉忠教  古連聞て申けるは阿津たら内膳正は討死春へし  扨も不便さよといひし果して彦左衛門か察し之如く  伊豆守か発向与 聞とひとしく内膳正は討死し子息  重矩は深手を負たり今日を最期と覚悟して討  死し出立しける時迄も酒井讃州之言葉一つを以  て今度之惣軍支配承りつるぞあい相構へて讃州