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に於ては今度之御し使承りながら病気に而御免を
辱とは存春満し外に代り抔と承りたらは必自害す
遍し其侭遣はされよ人に依て此事也道中に而も
死たらは其時に代を遣はされよと申け連は例ゟ日
数を経たらは弥蜂起可仕哉など重て申す人有
けれは讃岐守笑て彼等土民之一揆也誰有て
一味春へきとし色を立る者あらはよき次で也
試らるゝ為也旁板倉被然るへけれと申さるゝ尓与
りて内膳正重昌に極りけり重昌此物語を伝へ
聞て其悦ひ弥勇みす進て嫡子重矩《割書:後内|膳正》十六
歳に成るを同道し不日に出陣しける其冬之軍思之
外手間取ける旨
召聴に達しけれは松平伊豆守信濃を差向らる
ゝと披露有け連は大久保彦左衛門尉忠教
古連聞て申けるは阿津たら内膳正は討死春へし
扨も不便さよといひし果して彦左衛門か察し之如く
伊豆守か発向与 聞とひとしく内膳正は討死し子息
重矩は深手を負たり今日を最期と覚悟して討
死し出立しける時迄も酒井讃州之言葉一つを以
て今度之惣軍支配承りつるぞあい相構へて讃州