翻刻
【右丁】
敢而(あへて)博識(はくしき)の覧(み)るに備(そな)へす寒郷(かたいなかの)医(いしく)に
遠き地の用(た▢)【めヵ】をなさんかと書(しるす)_二於養浩堂中 ̄ニ_一
時寛政七年乙卯季春日
律斎渡充子謙 編輯
【落款二つ】
【左丁】
○痘瘡は人々再ひ病さるゆへ専ら胎(たい)の毒(とく)なりと
はかり覚ゆるもの多けれと三四年 隔(へだ)てはやり
或は五七年め〳〵に大に流行するあれは治方其年の
運気(うんき)に随(したか)ひ清涼(きよくすゝし)温補(あためおきなふ)の異(ことなる)あれは歳気(とし)の疫
病の類(るい)と覚ゆへし痘(とう)は聖瘡(せいそう)なりと云痘の
毒は百骸(ひやくかい)五臓(こそう) ̄ニ該(あつめ)而(しかうして)存(そんす)也又謂父母欲火所_レ致
又地方旺 ̄スル_二 五行 ̄ニ_一の説其外諸家の説紛々たりと
いへとも痘は真(まこと)に奇(き)といふへき歟其 感(かん)し
発(はつ)する所は腎(じん)の臓よりして五臓の真気を