東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 1

前訓 - 翻刻

前訓 - ページ 20

ページ: 20

翻刻

此別(このべつ)と申事は男女(なんによ)の差別(しやべつ)と申事にて候。男(をとこ)は男のやう。 女(をんな)は女のやうに其差別正(そのしやべつたゞ)しく行儀(ぎやうぎ)をつゝしみ候事を 申なり。しかれば幼稚(ようち)の時(とき)より男女の乱(みだれ)がましき事を 恥(はづ)かしく思(おも)ひ近(ちか)よりて座(ざ)する事をせず。男の手(て)より女の 手(て)へ直(ぢか)に物(もの)をとりわたしせず。女は女のなき所(ところ)。または くらき所(ところ)に独(ひとり)たゝずなどゝ小学(せうがく)にも説(とき)たまひたるごとく 一切(いつさい)のことを此心持(このこゝろもち)にて推(をし)はかり女の身持(みもち)を行儀(ぎやうき)よく嗜(たしなむ)を いふなり。かやうに身持(みもち)たゞしければをのづから人(ひと)のうたがひを うけ災難(さいなん)をうくるやうなる不孝(ふかう)は出来(でき)ぬものなり。たとへば 男は火(ひ)のごとく。女は薪(たきゞ)のごとし。近(ちか)よれば必(かならず)あやまちやすき ことを真実(しんじつ)に弁(わきま)ふべし。其弁(そのわきま)へは人(ひと)〳〵の本心理非(ほんしんりひ) あきらかなるもの故寄(ゆへよる)まじく受(うけ)まじき事は心(こゝろ)の内(うち)に 能覚(よくおぼ)へあるものなり。其覚(そのおぼ)へある善心(ぜんしん)に背(そむ)くまし き事なり。聖人(せいじん)も仏(ほとけ)も男女のあやまりて乱(みだ)れやすき ことをかなしみ給ひて男女 別(べつ)ありとをしへ給ひ。邪淫戒(じやいんかい) といふいましめもあるなり。これ女の子達(こたち)幼稚(ようち)よりよく〳〵 覚(おぼ)へしりてつゝしみ給ふべき至極(しごく)の肝要(かんよう)なり。若(もし)この 行儀(ぎやうぎ)をあやまれば。人面獣心(にんめんじうしん)とて。顔皃(かほかたち)は人(ひと)に似(に)たれども 人の本心(ほんしん)をうしなひたるゆへ生(いき)ながら畜生(ちくしやう)といふものなり。 甚(はなはだ)かなしき事なり。恐(おそ)れつゝしみたまへ