翻刻
此別(このべつ)と申事は男女(なんによ)の差別(しやべつ)と申事にて候。男(をとこ)は男のやう。
女(をんな)は女のやうに其差別正(そのしやべつたゞ)しく行儀(ぎやうぎ)をつゝしみ候事を
申なり。しかれば幼稚(ようち)の時(とき)より男女の乱(みだれ)がましき事を
恥(はづ)かしく思(おも)ひ近(ちか)よりて座(ざ)する事をせず。男の手(て)より女の
手(て)へ直(ぢか)に物(もの)をとりわたしせず。女は女のなき所(ところ)。または
くらき所(ところ)に独(ひとり)たゝずなどゝ小学(せうがく)にも説(とき)たまひたるごとく
一切(いつさい)のことを此心持(このこゝろもち)にて推(をし)はかり女の身持(みもち)を行儀(ぎやうき)よく嗜(たしなむ)を
いふなり。かやうに身持(みもち)たゞしければをのづから人(ひと)のうたがひを
うけ災難(さいなん)をうくるやうなる不孝(ふかう)は出来(でき)ぬものなり。たとへば
男は火(ひ)のごとく。女は薪(たきゞ)のごとし。近(ちか)よれば必(かならず)あやまちやすき
ことを真実(しんじつ)に弁(わきま)ふべし。其弁(そのわきま)へは人(ひと)〳〵の本心理非(ほんしんりひ)
あきらかなるもの故寄(ゆへよる)まじく受(うけ)まじき事は心(こゝろ)の内(うち)に
能覚(よくおぼ)へあるものなり。其覚(そのおぼ)へある善心(ぜんしん)に背(そむ)くまし
き事なり。聖人(せいじん)も仏(ほとけ)も男女のあやまりて乱(みだ)れやすき
ことをかなしみ給ひて男女 別(べつ)ありとをしへ給ひ。邪淫戒(じやいんかい)
といふいましめもあるなり。これ女の子達(こたち)幼稚(ようち)よりよく〳〵
覚(おぼ)へしりてつゝしみ給ふべき至極(しごく)の肝要(かんよう)なり。若(もし)この
行儀(ぎやうぎ)をあやまれば。人面獣心(にんめんじうしん)とて。顔皃(かほかたち)は人(ひと)に似(に)たれども
人の本心(ほんしん)をうしなひたるゆへ生(いき)ながら畜生(ちくしやう)といふものなり。
甚(はなはだ)かなしき事なり。恐(おそ)れつゝしみたまへ