翻刻
からず心温和(こゝろをんくわ)なるべし唐(とう)の崔懿(さいい)の妻唐夫人(つまとうふじん)は姑(しうとめ)に事(つか)へて
孝行(かう〳〵)なり姑年老(しうとめとしをひ)て歯(は)こと〴〵くぬけければ食事用(しよくじもち)ひらるゝ
ことなりがたかりしに唐夫人毎朝堂(とうふじんまいてうとう)に登(のぼり)て我養育(わがよういく)の子(こ)は
《割書:あさごと ざしき| 》《割書:ゆき| 》 《割書:そだてつる| 》
おろそかににして其乳(そのち)をひたすら姑(しうとめ)にすはせまいらせられしなり
かるがゆへに姑数年(しうとめすねん)の間 飯粒(はんりう)を食(しよくし)たまはざれども一(いち)だんと
《割書:めしつぶ| 》 《割書:くひ| 》
そくさいなりしとなりされば姑天年終(しうとめてんねんをは)らんとする時末期(ときまつご)に
人々集(ひと〳〵あつま)れるに対(たい)していひ給へるは我年久(われとしひさ)しく嫁唐夫人(よめとうふじん)の
《割書:はなし| 》
厚恩(こうをん)をうけつゐに報(ほう)ずる事なし願(ねが)はくは唐夫人子(とうふじんこ)あり
我(われ)に事(つか)へられしごとく孝行(かう〳〵)にせば我家(わがいへ)ながくはんじやう
すべしとぞ申されけるとかや
清潔(せいけつ) 清潔(せいけつ)とはけがらはしき事(こと)を心(こゝろ)に受(うけ)いれず邪(よこしま)なる
《割書:きよく いさぎよし| 》ことをおもはず貞節(ていせつ)をかたく執守(とりまもる)をいふなり
然(しか)れば女(をんな)の身(み)はとりわけ男女(なんによ)のわかち行儀正(ぎやうぎたゞ)しくうたがひを
さけ人に恥(はち)しめをうけず身の取まはしきれいに心(ころ)すなほにて
少(すこ)しもうしろぐらき事をせぬものなり漢(かん)の鮑宣(ほうせん)が妻桓氏(つまくわんし)は
極(きはめ)て貞潔(ていけつ)なりし人なり嘗(かつ)て鮑宣貧身(ほうせんまつしきみ)にて操潔(みさほいさき)よく勤学(きんがく)
《割書:こゝろだて| 》 《割書:がくもん| 》
怠(おこた)りなければ其師其志篤(そのしそのこゝろさしあつき)を感(かん)じ一人(ひとり)の女(むすめ)を彼鮑宣(かのほうせん)に妻(めあは)す
既(すて)に嫁(か)するの時其やうす女(をんな)の粧(よそほ)ひ冨(とみ)たる体(てい)にて衣類調度(いるひてうと)
《割書:よめいり| 》 《割書:とうぐ| 》
美(び)をつくして従者(しうしや)なども夥(をびたゝ)しく目(め)を驚(おどろか)すばかりなり
《割書:けつこう| 》 《割書:とも| 》
鮑宣是(ほうせんこれ)を見てさらに悦(よろこ)ばずして婦(をんな)にいひけるは我(われ)もとより
《割書:よめ| 》