翻刻
悦(よろこび)び給ひ其女(そのをんな)を猶々(なを〳〵)したしくめぐみ給ひ尊(たつと)き御身なれども
いさゝかも奢(をこり)給はずはなやかなる御衣(ぎよい)を着(き)給はずあらき御衣を
《割書:をんめしもの| 》
のみ着(き)給ひしとなり又我朝(またわかてう)の紀氏(きうじ)なりける井筒(いつゝ)の女(をんな)は妬(ねたむ)こゝろ
少(すこ)しもなくかへりて夫(をつと)を大切(たいせつ)におもひける心ふかゝりけるとそ
「風(かぜ)ふけばおきつしらなみたつた山夜半(やまよは)にや君(きみ)がひとり行らん
とよみたるこゝろいとあはれふかし
倹約(けんやく) 倹約(けんやく)とは我心(わかこゝろ)をかたくひきしめ少しも奢(をごる)心なく
《割書:をごらず つゞまやか| 》衣服飲食万(いふくいんしいよろつ)に恣(ほしいまゝ)にきまゝなる事をせぬをいふなり
然(しかれ)ば居所(ゐどころ)はいふに及ばず衣類(いるい)とても恣(ほしいまゝ)にうるはしきを着(き)ず食事(しよくし)
もつゝしみて美(ひ)なるをはふき何事も身の奢(をこり)をしりぞけ
《割書:けつかう| 》
家内(かない)の者(もの)を見そだて或(あるひ)はうれひにあへる人貧(ひとまづ)しき人をも
めぐみ夫の心 届(とゞか)ざる所あれば色(いろ)をやはらげ声(こゑ)を怡(よろこ)ばしふして
夫(をつと)にかくと告(つけ)て恵(めぐ)みあるべし女は心小(こゝろちいさ)き故物事吝(ゆへものことしわく)なりやすし
吝(しはき)は必奢(かならずをごり)より出(いづ)るものなり心しわく身の奢ある時は家を亡(ほろぼ)す
べし元(けん)の世祖(せいそ)の后順聖皇后(きさきしゆんせいくはうこう)は勤倹(きんけん)の御徳(をんとく)ましましてみづから
《割書:つとめをごらぬ| 》
苧(を)をうみ布(ぬの)とし給ひ綿(わた)をのべて紬(つむぎ)とし給ふ糸すじほ
そくそろひあざやかなる事 綾綺(れうき)の綾(あや)に異(こと)ならず常(つね)に
紬(つむぎ)をのみ着給ひて錦(にしき)を着給はず万事(よろつのこと)これにならひて
奢なく道を慎(つゝし)み給へば万民御徳(はんみんをんとく)に化(くわ)して下をだやかなり
しとや其帝(そのみかど)は韃靼国(たつたんこく)より出給ひ大唐(たいとう)の帝(みかど)となり給へば