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コレクション: コレクション3

麻疹癚語 - 翻刻

麻疹癚語 - ページ 20

ページ: 20

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【右丁】 西土(さいど)より始(はじ)めて渡(わた)り。国民(くにたみ)病(やみ)て 死(し)する者(もの)多(おほ)かりしかば。稲目瘡(いなめがさ)と よびて忌(いみ)恐(おそ)れし事(こと)酷(はなはだ)しと なん。其頃(そのころ)曽我(そが)の馬子(うまこ)の父(ちゝ)稲目(いなめの) 宿祢(すくね)蕃神(ほとけ)を尊信(そんしん)したりし 故(ゆゑ)也とて。稲目瘡(いなめがさ)とはいひしと かや。其後(そのご)敏達天皇(びたつてんわう)の十四年に。 【左丁】 此疾(このや[ま])ひ又(また)国中(こくちう)に流行(りうかう)す。《割書:此 間(あひだ)三十四|年を過(す)ぐ》 夫(それ)より聖武(しやうむ)天皇の天平(てんぺい)九年。 《割書:此間百五十三|年を過(すぎ)たり》其後(そのゝち)星霜(せいさう)はるかに経(へ)て。 一条(いちでう)天皇の長徳(ちやうとく)四年に大(おほ)きに はやりて。納言(なごん)以上(いじやう)薨(かう)する者(もの)八人(はちにん)。 四位(しゐ)七人(しちにん)。五位(ごゐ)五十四人(ごじうよにん)。六位(ろくゐ)以下(いか)の 僧侶(そうりよ)等(とう)は。《振り仮名:不可滕計|あげてかぞふべからず》とみゆ。此時(このとき)