翻刻
【右丁】
年を経(へ)ておなじく文明(ぶんめい)十六年に
又(また)はやり。後柏原(ごかしはばら)帝の永正(えいしやう)十年。
《割書:此間二十|九年也》後陽成(ごやうぜい)帝の慶長(けいちやう)三年に
あり。《割書:此間八十|五年也》それより東山(ひがしやま)帝の
元禄(げんろく)四年。《割書:此間九十|三年也》中御門(なかみかど)帝の享保(きやうほ)
十五年。《割書:此間三十|九年也》桃園(もゝぞの)帝の宝暦(ほうりやく)三年。
《割書:此間二十|三年過ぐ》後桃園(ごもゝぞの)帝の安永(あんえい)五年。
【左丁】
《割書:此間二十|八年也》先帝(せんてい)の享和(きやうわ)三年の四月(しぐはつ)より
五六月 盛(さかん)に流行(はやり)て。去年(きよねん)文政(ぶんせい)
六年の十二月 頃(ごろ)。例(れい)の如(ごと)く西国(さいこく)
より伝染(でんせん)して。正二月の程(ほど)既(すで)に
盛(さか)ん也。《割書:此間廿一年|廿二年に及(およ)べり》此(この)疫瘡(えきさう)
【一字欄外から】皇国(みくに)にはやりし事(こと)。欽明(きんめい)敏達(びたつ)の
御宇(ぎよう)よりして。今度(こんど)にいたりて