翻刻
長政の籏本かけへだてゝ支(さゝ)へ戦ふを久蔵 元来(もとより)勇力無双(ゆうりきぶざう)の若者(わかもの)なれ
ば右と左へ突倒(つきたを)し近寄(ちかよる)者は取て投(なげ)のけ暫時(ざんじ)が内(うち)手負死人(てをひしにん)数(す)十人 長(なが)
政(まさ)の前(まへ)三 反(だん)ばかりに成りければ早(はや)川 右馬(うま)之 丞(ぜう)かけ寄(よつ)てわたり合二 打(うち)三打
戦(たゝか)ひしが早(はや)川も手だれの勇士(ゆうし)なりけるがいかゞしたりけん久蔵が突鎗(つくやり)を
受損(うけそん)じて綿噛(わたがみ)を突通(つきとを)されあつと叫(さけん)で死(しゝ)たりける是(これ)を見て長政の
近士(きんし)百余人 各(おの〳〵)筒先(つゝさき)を並(なら)べ一 度(ど)にどつと打放(うちはな)せばむざんなる哉 坂井(さかい)
久蔵 胸板(むないた)に玉四ツ打的(うちあて)られ其まゝ倒(たを)れ死(しゝ)たりける此久蔵十三 歳(さい)の
時(とき)初陣(ういぢん)なりしが建部(たでべ)源八郎を討(うつ)て信長公の感状(かんじやう)を賜(たまは)り今年
わづかに十五 歳(さい)末(すへ)たのもしき若者(わかもの)なりしを此 戦場(せんじやう)を枕(まくら)とし討死(うちじに)を遂(とげ)
けるを惜(をし)まぬ者こそなかりけり譬(たとへ)韋駄天(いだてん)をして久蔵に代(かわら)しむとも
味(み)方をはなれ只(たゞ)一人かくまで深(ふか)く切入なばなどか活(いき)て帰(かへ)るべきと信長