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コレクション: 養蚕の書

養蠶實驗録 - 翻刻

養蠶實驗録 - ページ 34

ページ: 34

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【右丁】 又その頃(ころ)下総國結城辺(しもふさのくにゆうきへん)より蚕種(こたね)多(おゝ)く出(いだ)し奥州(おうしう)その餘(よ)の國々(くに〴〵)え賣(うり) 出(いだ)すその後(のち)奥州(おうしう)伊達郡伊達村(だてこをりたんざきむら)より始(はじま)り今(いま)は伊達(だて)信夫(しのぶ)の両郡(りようぐん) その外(ほか)近郷(きんごう)にても種(たね)を取(とり)て出(いだ)すなり猶(なを)今(いま)追々(おい〳〵)信州佐久郡高野(しんしうさくこをりたかの) 臼田(うすだ)上畑(うははた)中畑(なかはた)下畑(しもはた)上 州(しう)吾妻郡中居宿(あづまごほりなかいしゆく)赤羽根(あかばね)西窪辺(にしくぼへん)より蚕(こ) 種(たね)賣出(うりいだ)す又(また)武州児玉郡(ぶしうこだまごほり)上仁手村辺(かみにつてむらへん)にて近来(きんらい)蚕種(こたね)出来(でき)近(きん) 國(ごく)武相(ぶそう)えも賣来(うりきた)る其外(そのほか)諸国(しよこく)養蚕(ようさん)の道(みち)開(ひら)け武州橘樹郡(ぶしうたちはなごほり) 稲毛宿河原(いなげしゆくがはら)え四十 餘年已前(よねんいぜん)の頃(ころ)諸国(しよこく)より種商人(たねあきんど)入込(いりこ)み又(また)飼(かい) 方(かた)功者(こうしや)の人等(ひとなど)来(きた)り此土地(このとち)は日本(につほん)六玉川(むたまかわ)の一(ひと)ッにて調布玉川(たづくりたまがわ)と唱(よ)ぶ 内(うち)名(な)に《振り仮名:應|おう□》#1此辺(おうじこのへん)を稲毛(いなげ)と稱(とな)へ米(こめ)は上 品(ひん)にしてその外(ほか)菓木(くわぼく|くだもの)類(るい)諸色(しよしき) 風味好(ふうみよ)く上 品(ひん)なる土産(とさん)の出(いづ)る土地(とち)にて別(べつ)して当村(とうむら)は土手(どて)などに桑(くわ) 【左丁】 も見(み)ゆ又 村中(むらうち)を玉川(たまがわ)流(なが)れ左右(さいう)に微砂畑(こますなはた)数町歩(すてうぶ)あり此畑(このはた)に 魯桑(よきくわ)を植(うゑ)て蚕飼(こがい)を為(な)さば農家(のうか)に益(ゑき)あること廣大(くわうだい)なりと勧(すゝむ) る者(もの)多(おゝ)かりき依(より)て段々(だん〳〵)と手廣(てひろ)に成(なり)奥州(おうしう)信州(しんしう)の蚕種(こだね)を求(もとめ) て飼(か)い又(また)飼方(かいかた)の本法(ほんほう)を覚(おぼ)え追々(おい〳〵)は手種(てたね)を多分(たぶん)取(とり)て数年(すねん)試(ためし) 見(み)るに極(ごく)上 品(しな)に勝(まさ)れり或人(あるひと)奥州(おうしう)の種(たね)一 枚(まい)信州(しんしう)の種(たね)一 枚(まい)手種(てたね) 一 枚(まい)右三 枚(まい)を同日(どうじつ|おなじひ)に出(いだ)し別(べつ)に飼立(かいたて)見(み)るに奥州(おうしう)信州(しんしう)よりは手種(てたね) の方(かた)飼(か)い善(よ)しという人 多(おゝ)し尤(もつと)も是(これ)は近辺(きんへん)の人(ひと)にて種元(たねもと)を能(よく)見知(みしり)て 心(こゝろ)丈夫(じようぶ)にある故(ゆゑ)飼(か)い能(よ)き歟(か)又(また)土地(とち)に相應(さうおう)するものなるべしか様(よう)の ことは蚕種(こたね)には限(かぎ)らず風土(ところ)に合(あう)と合(あわ)ざると多(おゝ)くあるものにて蚕(かいこ) 飼(がい)といへども何國(いづく)にても相應(そうおう)の地(ち)に本法(ほんぼう)の術(じゆつ)を以(もつ)て飼立(かいたて)たる種(たね)