翻刻
聊(いさヽか)の波濤(はとう)は揚(あぐ)るとも津浪(つなみ)の大|患(くわん)はかつてなく大|地震(ぢしん)は静(しづか)
なるに限(かぎ)るかし故(ゆへ)にしげ〳〵地|震(しん)ある時はかの波災(はさい)を恐(おそ)るヽこと也
○蜃気樓(しんきろう)
問て云|海中(かいちう)水気を
吹て忽(たちま)ち城郭(じやうくわく)樓門(ろうもん)
の象(かたち)をあらわしまたは
館舎(くわんしゃ)市鄽(してん)の体(てい)を
見するを蜃気樓(しんきろう)と云
或(あるひ)は虬(みつち)の吹(ふく)気(き)とし又は
蛤(はまぐり)の大なるもの吐(はく)処也
と云何によつてかの如(ごと)く
の圖(づ)を吹(ふく)の理ありや
答て云|蜃樓(しんろう)の説(せつ)
屡(しば〳〵)奇異(きい)とすしかれども未(いまだ)其|形象(けいしやう)をまのあたり見ざれば
論ずべきにあらずといへども和漢(わかん)の書に出る説(せつ)をこゝに出す先(まづ)
虬(みつち)は龍(りやう)の属(たぐい)にして角(つの)なきもの也|蜃(しん)も又|虬(みつち)の類(るい)と有又|蛤(はまぐり)
の大なるを蜃(しん)と云としかれども蜃樓(しんろう)を以てかの生類(しやうるい)の吐(はく)
所とするは虹(にぢ)を以て蝦蟇(がま)の吐(はく)ものといふがごとし是は遠地(ゑんち)の樓(ろう)
閣(かく)上空(かみそら)に映(えい)じ空(くう)中の湿気(しつき)影(かげ)を倒(さかしま)に水面(すいめん)に射映(しゃえい)して
人|望(のぞん)て樓閣(ろうかく)城門(じやうもん)の高く聳(そびえ)たる気を見れども俄項(がきやう)にして
消滅(しやうめつ)すること虹(にぢ)の如くとあれば是まつたく水気と日気(につき)と
によつて現(あらわ)るヽものにや
○木(き)を斬(きつ)て火の出る
問て云|斧(ふ)【左・おの】鋸(きよ)【左・のこぎり】を採(とつ)て木を斬(きる)に節(ふし)のかたきものは火を出吹こと有又
木をもつて木を摩(ま)すれば火を生(しやう)ずしかるに木はもと水気(すいき)
と土気(どき)とによつて産(さん)するもの也何によつて火を出すや