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コレクション: STAGE9

永代惨話 文化の夢 全 - 翻刻

永代惨話 文化の夢 全 - ページ 29

ページ: 29

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の逃(にぐ)るが如(ごと)く、何地(いづち)へか、ころ〳〵と、逃(に)げ匿(かく)れ供奉(ぐふ)せざりし が、神輿(みこし)還御(くわんぎよ)の後(のち)、程(ほど)なく永代橋落(ゑいたいばしを)ちて、人多(ひとおゝ)く死(しゝ)たりぬ、 又右祭礼(またみぎさいれい)の前(まへ)、撞楼堂(しゆろうだう)、人(ひと)なきに、連夜(れんや)おのづから鳴(な)りしと、又(また) 社壇(しやだん)も毎日(まいにち)、鳴動(めいどう)せしといふ、   ○永代橋(ゑいたいばし)、橋杭(はしぐゐ)の噺(はなし) 永代橋(ゑいたいばし)の橋杭(はしぐゐ)は、壹丈三尺|地中(ちちう)に入(いり)てありしといふ、橋落(はしおち)て 後(のち)、十余日(じふよじつ)を経(へ)て種々(しゆ〴〵)力(ちから)を尽(つく)し、之(これ)を拔(ぬか)んとするも更(さら)にぬく る事(こと)なし、斯(かゝ)る杭(くゐ)、都(すべ)て六本(ろツぽん)ありしが何(いつ)れも金輪際(こんりんざい)《割書:編者曰金|輪際とは》 《割書:仏書に大地の厚さ一百六十万由|旬あり其底を金輪際といふ云云》より生(は)へ出(いで)たるものかと、 人(ひと)〻|疑(うたが)ひ居(ゐ)たりしが、其後(そののち)九月十七日の風雨(ふうう)に、二本|自(をのづか)ら拔(ぬけ) 出(いで)、十九日に至(いた)りて、残(のこ)り四本も、皆(みな)悉(ことごと)く拔出(ぬけい)でたり、(右二話霊 岸島町住吾友軒の手記) 香水|曽(かつ)て聞(きけ)ることあり、文化年中永代橋落(ふんくわねんぢうゑいたいばしをち)し後(のち)、時(とき)の役人(やくにん) 等(ら)、種〻評議(しゆ〴〵ひやうぎ)して曰(いはく)、斯(かゝ)る数多(すうた)の人命(じんめい)を失(うしな)はしめしは、由元来(もとより) 非常(ひじやう)の災禍(さいくわ)に出(い)づるとはいへ、亦其罪(またそのつみ)の由(よツ)て帰(き)する所(ところ)、な かるべからず、当時(とうじ)の工匠(こうしやう)を罪(つみ)せんか将(は)た今日(こんにち)の番人等(ばんにんら) を罰(ばつ)せんかと、評議区々(びやうぎまち〳〵)なる所(ところ)、恰(あたか)も好(よ)し、彼(か)の橋杭(はしぐゐ)の漂(なが)れ て、佃島(つくだじま)に上(のぼ)るものあり、因(よツ)て罪(つみ)を橋杭(はしぐゐ)の、その己(おのれ)が任(にん)を失(うしな) ひたるに帰(き)し、之(これ)を遠島(ゑんとう)の刑(けい)に処(しよ)せし姿(すがた)になし置(おき)たりし が、後(のち)七年|目(め)に至(いた)り、再(ふたゝ)び右(みぎ)の杭(くゐ)をは取(とり)かへして両国(りやうごく)回向(ゑかふ) 院(ゐん)に送(おく)り之(これ)を削(けつ)り経木(きやうぎ)となし、参詣(さんけい)せし人衆(ひと〳〵)に、頒与(わかちあた)へし といふ、事実(じゝつ)の信偽(しんぎ)は、未(いま)だ判然(はんぜん)せずと雖(いへど)も、今本書(いまほんしよ)を編輯(へんしふ) するに際(さい)し、因(ちなみ)なきにあらざれは、聊(いさゝ)か此(こゝ)に之(これ)を付記(ふき)す  ○当日繁盛(とうじつはんせい)の一|班(ぱん)