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コレクション: STAGE9

永代惨話 文化の夢 全 - 翻刻

永代惨話 文化の夢 全 - ページ 30

ページ: 30

翻刻

深川永代寺(ふかがはゑいたいじ)の門前(もんぜん)なる仲町(なかちやう)にて、尾花屋(をばなや)、梅本(うめもと)といへるは共(とも) に当時(とうじ)盛(さかん)なる倡家なりし此日(このひ)《割書:(八月十九日な| り以下倣之)》尾花屋(をばなや)の客(きやく)千 八百人にして、梅本(うめもと)の客(きやく)、千二百人なりしと、今此(いまこの)二|楼(ろう)のみに して、已(すて)に三千人の客(きやく)あり、尾花屋(をばなや)にては、二階(にかい)の桟敷落(さんじきをち)たり しと、然(しか)れど、左(さ)のみ怪我人(けがにん)はなかりし由(よし)なりしが、橋(はし)の落(おち)た る騒(さは)ぎに紛(まぎ)れて、其後(そのゝち)も何(なん)の沙汰(さた)とてあらざりしといふ(右 杏花園の記録)   ○閻浮(ゑんぶ)に迷(まよ)ふ孝子(かうし)が亡魂(ぼうこん) 神田辺(かんだへん)に住(す)める兄弟(きやうだい)の男子(おのこ)あり、一人の年寄(としよ)りたる母親(はゝおや)に 能(よ)く孝(こう)を尽(つく)して、平素何(ふだんいづ)れへ行(ゆ)くとても、必(かなら)ず母(はゝ)に告(つ)げ其(そ)が 聴(ゆるし)を受(う)けたる上(うへ)ならでは、決(けツ)して自侭(じまゝ)に外出(そとで)する事(こと)とてな かりしが、此日(このひ)も母親(はゝおや)に告(つ)げて聴を受(う)け、兄弟(おとゞい)二人|打連(うちつ)れて 八幡宮(はちまんぐう)へ参詣(さんけい)せしが、未(いま)だ両人(りやうにん)の帰(かへ)らざるうち、永代橋(ゑいたいばし)崩(くづれ)落(をち) しと、往来(わうらい)をいひもて通(とほ)る者有(ものあり)けるに、老母(らうば)は聞(きゝ)て打驚(うちをどろ)き、二(ふ) 人(たり)の子供(こども)は如何(どう)なりしぞと、気(き)も魂(たましい)も身(み)にそはで、立(たツ)たり居(ゐ) たり只一人(たゝひとり)、心(こゝろ)ばかりは急(あせ)れども、老(おい)たる体(からだ)の思(おも)ふに任(まか)せず、 只打案(たゝうちあん)じてのみ居(ゐ)たりけるに、此日(このひ)もいつか暮(く)れはてゝ、上(うへ) 野(の)の鐘(かね)は初更(しよこう)を報(はう)し、十九日の月代(つきしろ)ほのあかく東(ひがし)の空(そら)に色(いろ) づく頃(ころ)、表口(かどぐち)より母(はゝ)を呼(よ)びて、兄弟只今帰(きやうだいたゝいまかへ)りましたと、音(おとな)ふ声(こゑ) の聞(きこ)へえけるに、老母(らうぼ)は大(おほひ)に打喜(うちよろこ)び、さては無事(ぶじ)で帰(かへ)り来(き)しか と、其侭起(そのまゝおき)て門(かど)の戸明(とあく)れば、怪(あやし)むべし只今(たゝいま)こそ戻(もと)りしと思(おも)ふ 兄弟(おとゞひ)が、姿(すがた)はなくて夜嵐(よあらし)の、まに〳〵|戦(そよ)く柳(やなぎ)の梢(こずえ)に秋(あき)の蛍(ほたる)の 二(ふた)ツ三(み)ツ、飛(とび)かふ外(ほか)はあらざりけるに、老母(らうぼ)は奇異(きゐ)の思(おも)ひを なして、若(も)しや死(し)したる魂魄(ごんぱく)の、親(おや)に引(ひ)かれて来(き)たりしかと