翻刻
一人(ひとり)、永代橋(ゑいたいばし)の上(うへ)を往(ゐ)きつ、戻(もど)りつ、声(こゑ)ふり揚(あ)げて、此橋後(このはしのち)には
落(をち)るぞ〳〵と呼(よば)はり〳〵けるに、番人(ばんにん)の者(もの)は聞咎(きゝとが)め、不吉(ふきつ)な
る事(こと)をいふ奴(やつ)かな、疾(と)く其処(そこ)を去(さ)れよとて、棒(ぼう)かひ込(こ)みて立(たち)
出(いつ)れば、今(いま)までありし童子(どうじ)が姿(すがた)は煙(けむり)を掻(かき)消(け)す如(ごと)く、何(いづ)れへ行(ゆ)
きしやあらずなりしと(右元飯田町の住、文實亭の記録)
○夢野(ゆめの)の牡鹿(をしか)
牛込御細工所町(うしごみおさゐくしよまち)に住(す)む八十八(やそはち)といへる者(もの)あり、祭(まつり)見(み)に往(ゆ)き
て橋崩(はしくつ)れし時(とき)、其身(そのみ)も人(ひと)と共(とも)に水中(すいちう)に陥(をちい)りたりしが、辛(から)ふじ
て危(あや)ふき命(いのち)を助(たす)かり家(いへ)に帰(かへ)りし後(のち)、人(ひと)に向(むか)ひて、自分(じぶん)は到底(どのみち)
水(みづ)にて命終(いのちをは)るべきとの告(つげ)ありし夢(ゆめ)を見(み)たりと語(かた)りたりし
が、其後(そののち)七日を経(へ)て八月廿六日|北御徒町(きたおかちまち)なる星野(ほしの)某の家(いへ)に
雇(やと)はれ、古井(ふるゐ)の中(なか)に入(い)りて死(し)したりといふ、水(みづ)に縁(ゑ)にしあり
し男(おとこ)たらんか(右杏花園主人の記録)
○盲亀(まうき)の浮木(ふぼく)
四日市(よツかいち)の干魚商(ひうをしやう)、尼屋清右衛門(あまやせいゑもん)といへる者(もの)は、此日橋(このひはし)より落(を)
つる時(とき)、南無三落(なむさんを)ちたりと覚悟(かくご)して其身(そのみ)をち縮(ちゝ)め、水中に陥(をちい)り
し時水底(ときみなそこ)まで足(あし)のとゞきければ、一刎(ひとはね)「ズツ」と刎(は)ねたるに我(わが)
体(からだ)は再(ふたゝ)び水面(すいめん)に浮(うか)み上(あが)りたり、此時恰(このときてう)ど手(て)に障(さは)る物(もの)あり、こ
れ幸(さいは)ひと取付(とりつき)たれば、一本の竹(たけ)にして上(うへ)より引揚(ひきあ)げ我(われ)を助(たす)
け呉(く)たる人(ひと)あり、誰(たれ)にてやあらんと其面(そのかほ)を見(み)れば、兼(かね)て日(ひ)
頃(ごろ)より親(した)しくせる船頭(せんどう)某にてありたりしと、当人清右衛門(とうにんせい ゑもん)
が物語(ものがた)りし由(よし)、懇意(こんい)の人(ひと)より承(うけたま)はりぬ(右文實亭の記録)
○塞翁(さいおう)が馬(うま)
亀井町(かめゐちやう)に住(す)める、八百屋(やをや)某の一人娘(ひとりむすめ)(十五才)は此日祭見(このひまつりみ)に出(いで)