翻刻
たりしが、橋落(はしおち)て水(みづ)に陥(をちい)り終(つい)に相果(あいはて)たり、因(よつ)て其亡骸(そのなきがら)を引取(ひきと)
り家族親類打寄(かぞくしんるゐうちよ)りて終夜念佛(よもすがらねんぶつ)なし、或(あるひ)は亡人(なきひと)が生前(しやうぜん)の事(こと)な
ど言(い)ひ出(いだ)して、共(とも)に悲嘆(ひたん)の涙(なみだ)に一夜(いちや)を明(あか)し、扨其翌朝(さてそのよくあさ)に至(いた)り
之(これ)を柩(ひつぎ)におさめんとする時(とき)、能々(よく〳〵)娘(むすめ)が亡骸(なきがら)を視(み)るに怪(あや)しむ
べし着(つ)けたる衣服(いふく)こそ同(おな)し縞柄(しまがら)なれど、余(よ)の襦袢等(じゆばんとう)は全(まつた)く
娘(むすめ)が物(もの)と違(ちが)ひ、殊(こと)に死顔(しにがほ)の如何(いか)に変(かは)ればとて、また甚(はなは)だ異(こと)な
る処(ところ)もありければ、皆々大(みな〳〵おほひ)に之(これ)を不審(いぶかり)、扨(さて)は娘(むすめ)にはあらずし
で、こは他家(たけ)の人(ひと)なるべし、然(しか)らんには万一(まんいち)にも娘(むすめ)の命恙(いのちつゝが)な
くして何(いづ)れにか助(たす)かり居(を)らんと思(おも)へば大(おほひ)に力(ちから)を得(ゑ)て前(はしめ)の
愁(うれひ)も忽(たちまち)に開(ひら)く一席(いちざ)の大笑(おほわら)い、先(ま)づは一(ひと)ツの祝(いはひ)ごとと彼(か)の亡(なき)
骸(がら)をば物(もの)に包(つゝ)みて再(ふたゝ)び初(はじめ)の所(ところ)に持遣(もちや)り酒肴(さけさかな)にて祝(いは)ひ居(ゐ)る
内、娘(むすめ)の亡骸引取(なきがらひきと)るべしと、其筋(そのすぢ)より沙汰(さた)ありけるに皆(みな)〻甚(いた)
く打驚(うちおどろ)き、やがて其処(そこ)に至(いた)り見(み)れば今回(こたび)こそ間(まが)ふ方(かた)なき真(しん)
の娘(むすめ)が亡骸(なきがら)なるにぞ、何(いづ)れも再(ふたゝ)び悲嘆(ひたん)を催(もよふ)し、泣〻(なく〳〵)家路(いへぢ)に連(つ)
れかへりしとぞ
○命(いのち)の伯父(おぢ)
市(いち)ヶ|谷(や)佐内坂(さないさか)の辺(ほとり)りに、陶器類(せとものるゐ)の割(わ)れたるを焼継(やきつぎ)して微(かす)かに
世(よ)を渡(わた)る男(おとこ)あり、是(これ)も此日祭見(このひまつりみ)に至(いた)り橋落(はしをち)んとする時已(ときすで)に
陥(をちい)らんとせしが、幸(さいは)ひにして其難(そのなん)を免(まぬ)がれたりしが、此時傍(このときかたへ)
に十四才ばかりにして賎(いや)しからぬ状(さま)ある小娘(こむすめ)の、アワヤ
今(いま)に落(おち)んとしける者(もの)ありけるより、其男(そのおとこ)は力(ちから)を尽(つく)して之(これ)を
救(すく)ひ遂(つい)に此の危難(きなん)を免(まぬ)からしめ我(わ)が家路(いへぢ)に連(つ)れ帰(かへ)りて、お
ん身(み)は何(いづ)れの人(ひと)ぞと、そが家許(いへとも)を尋(たづ)ねければ彼(か)の娘答(むすめこた)へて、
妾(わらは)が家(うち)は芝(しば)の金物屋(かなものや)なりといひけるに、彼(か)の男(おとこ)は早速(さツそく)この