翻刻
れ運命(うんめい)の強(つよ)かりけん傍(かた)へなる浪除杭(なみよけぐゐ)に取付(とりつ)き夫より貫木(ぬきき)
の上(うへ)に尻(しり)うちかけて、親子諸共危(おやこもろともあや)ふき命(いのち)を助(たす)かりしが、此時(このとき)
一人の老翁水中(らうおうすいちう)より浮(うか)み出(い)でゝ某の足(あし)にずかり、命助(いのちたす)けて
たべと乞(こ)ひけるに、我(われ)も身一(みひと)つの事(こと)ならで幼(おさな)き子供(こども)まで懐(いだ)
き居(ゐ)る事(こと)なれば、其請(そのこひ)に応(おう)じ難(がた)しといひけれども彼(か)の老翁(らうおう)
は是非(ぜひ)に助(たす)け玉(たま)へとて放(ほふ)つ気色(けしき)もあらざりけるに、今(いま)は某
も力(ちから)を極(きわ)め漸(やうや)くに振放(ふりはな)ちて彼(か)の老翁(らうおう)をばび再(ふたゝ)水底(みつそこ)に溺(おぼ)ら
しめたる折(おり)から一|艘(そう)の助(たす)け舟来(ふねきた)りて其身(そのみ)は我子諸共(わがこもろとも)に恙(つゝが)
なく帰宅(きたく)したりしが、其夜(そのよ)より大熱(だいねつ)にて我(わ)れは老翁(おきな)を殺(ころ)し
たりと頻(しき)りに猛(たけ)り罵(のゝし)りて、果(は)ては全(まつた)くの発狂人(はツきやうじん)になりしと
いふ(右神田の住事理老漁の記録)
○子(こ)を思(おも)ふ親心(おやごゝろ)
京橋山下町(きやうはしやましたちやう)に亀屋久兵衛(かめやきうべゑ)とて、餅(もち)を商(あきな)ふ者(もの)なりしが、夫婦(ふうふ)が
中(なか)に子(こ)といふものなきより、平素親(つねした)しくせる人(ひと)の子(こ)を養子(やうし)
に貰(もら)ふ約束(やくそく)しけるが、其子(そのこ)いま四(よ)ツ五(いつ)ツばかりなりければ未(いま)だ
我(わ)が許(もと)へは迎(むか)へとらずありしに、けふの祭(まつり)に連(つ)れ行(ゆ)きて見(み)
せばやと思(おも)ひ、態々迎(わざ〳〵むか)ひに行(ゆ)きて連(つ)れ来(きた)り夫婦(ふうふ)互(かたみ)がはり脊(せ)
に負(を)ひて連(つ)れ行(ゆ)きしが、是(こ)れも此日橋落(このひはしをち)し時陥(ときをちい)りて三人(みたり)と
も皆死(みなしゝ)たりぬ、扨亡骸(さてなきがら)を揚(あ)げし時其(ときその)子(こ)をばかたく懐(いだ)きすく
めて、中々(なか〳〵)に離(はな)れざりければ、産(うみ)の親(おや)ども之(これ)を見(み)て子(こ)を喪(うしな)ひ
し悲(かな)しき中(うち)にも、斯(かく)までに養親達(やしなひおやたち)の厚(あつ)き志意(こゝろざし)を感(かん)じ入(い)り、却(かへつ)
てよろこびの涙(なみだ)にむせびしといふ
○父子(ふし)の薄命(はくめい)
或諸侯(あるしよこう)の家来(けらい)にて軽(かる)き役勤(やくつと)むる者(もの)ありしが、夏頃(なつごろ)より病(やまひ)に