翻刻
遁(のが)れて此山(このやま)に隠(かく)れし故(ゆゑ)源三窟(げんさんあな)の名(な)ありと
是亦(これまた)取(とる)に足(た)らす三|男(なん)は帯刀先生義堅(たてわきせんせいよしかた)の嫡(ちゃく)
男(なん)にして義仲(よしなか)の兄也(あになり)|義堅(よしかた)の死後(しご)|頼政(よりまさ)|養(やしなひ)て
子(こ)とす父子共(ふしとも)に宇治(うじ)にて自盡(じじん)したる事(こと)は
歴史(れきし)にも載(のせ)て疑(うたか)ふべきもあらず之(これ)は全(まつた)く
孫(まこ)の有綱(ありつな)か此地(このち)に終(おは)りたるを以(もつ)て附會(ふくわい)し
たるものならんか是(これ)より八九|町(ちゃう)行(ゆけ)は小流(せうりゅう)
を隔(へた)てゝ中上塩原(なかかみしほばら)の堺標(さかへくえ)を建(たて)たり
○上塩原(かみしほばら)《割書:一に入塩原|とも称せり》 旧(きう)會津街道(あいづかいどう)の要路(ようろ)に
當(あた)り後(うしろ)は尾頭峠(をかしらとふけ)に通(つう)じ前(まへ)は黒嶽(くろたけ)の碧翠(へきすい)を
掬(きく)し塩原(しほばら)|極西(きょくさい)の地(ち)にして一路(いちろ)萬木(ばんぼく)の中(うち)に
隠現(いんげん)し寸人尺馬崎嶇(すんじんしゃくばきぐ)の間(あひた)に出没(しつぼつ)す村人(そんじん)に
一|奇翁(きおう)あり細井(ほそゐ)又三(またざう)と号(がう)す歳(とし)|既(すて)に七十に
近(ちか)けれとも高屐(かうげき)を穿(うか)ちて杖(つえ)つかす細字(さいじ)を
讀(よむ)に眼鏡(がんきやう)を用(もち)ひす其(その)|矍鑠(くわくしゃく)なる壮士(さうし)を欺(あざむ)く
且(かつ)|強記(きやうき)にして一度(いちど)耳底(じてい)に卸(おろ)すものは終身(しうしん)