翻刻
忘(わす)るゝ事(こと)なし翁幼(おうよう)より多聞(たふん)を好(この)み偶々(たま〳〵)治(じ)
乱興廢(らんこうはい)の談(だん)に及(およ)べは翁耳(おうみゝ)を清(すま)し沈黙(ちんもく)して
談(だん)の終(をは)るにあらざれば敢(あへ)て去(さ)らずと予(われ)山(さん)
中(ちゆう)に留(とゝま)る事(こと)数日(すじつ)翁(おう)と往来(わうらい)して閑話(かんわ)期無(きな)く
月落(つきをち)|鷄(にはとり)|暁(あかつき)を告(つく)るも談(だん)更(さら)に止(やま)ず故(ゆゑ)に此書(このしよ)を
編(へん)するに当(あた)り翁(おう)の力(ちから)預(あつか)りて余(あま)りありとす
此辺(このへん)には尋(たつ)ぬへき名跡(めいしよ)も有(あら)ざれは是(これ)より
新湯(あらゆ)の景況(けいけふ)を探(さぐ)るべし
○新湯(あらゆ) 湯元(ゆもと)塩原(しほばら)の部内(ふない)なり此処(このところ)は塩原(しほばら)山(さん)
中(ちゆう)にても人煙隔絶(じんえんかくぜつ)の地(ち)にして別(べつ)に一画(いつくわく)を
為(な)す方位(ほうがく)は門前(もんぜん)古町(ふるまち)辺(へん)より西南(にしみなみ)の山上(さんしやう)に
方(あた)りて三條(さんじやう)の通路(つうろ)あり一は塩湯(しほのゆ)より一は
古町(ふるまち)より行程(みちのり)一|里(り)廿八九|町(ちやう)何(いつ)れも九々折(つゞらをり)
なる山道(やまみち)にして芦萩(あしはき)の類(るい)|径路(こみち)を埋(うつ)め辛(から)く
馬足(ばそ)の通(つう)ずるのみ路(みち)の傍(かたはら)に大沼(おほぬま)小沼(こぬま)とて
二(ふたつ)の池沼(ちしやう)あり小沼(こぬま)は兼葭(けんが)|生茂(おひしげ)りて水色(みづいろ)を