翻刻
筈夜分小震三回あり
幡多郡以南
十一月四日此日より海木濁り激浪打入り井水濁り又涸れたる所あり
これにより考ふれば十一月四日の関東大震は聊か此国に影響を伝へ且津浪の余波を地震よ
りも強く海面に異状を来せる者なること已に著しかりしこと知るべし
(丙) 震前の異兆
偖大震前の異兆として土佐国に於て経験せられたる事左の如し但こは皆三災録に載する所
なり
㈠大震二三日前田畝の蚯蚓悉く道路に上り死し又死せざるもの数多ありて人々不審しけ
るとなり震あらんとて兼て地中には潮の廻り居りしものならん蚯蚓潮気を嫌ふ事は人
皆知る所なり是等は末世の考拠にもなるべき事ならん欤
㈡今日大震あらんとする時巣山の泊鳥林中を出で残らず磯に下り群集せしを渡海せし者
見たりと語りき
㈢ 潮江の漁師助右衛門といふ古老あり云々此者去十一月五日の朝東の空にほのかに月
影の見ゆるとて人々にも教へ且、潮の狂も甚しければ大変有べし其用意すべしと隣家
へも示しけるとなり五日の月の其朝にあらはれ出しこと天学者流の論も有べけれ共余
が家に来馴れたる工民某も其月を倶に見たりとて自ら語りぬれば聞侭を記しぬ
㈣去冬大変前十月朔日某二人下知川尻へ夜釣りに出しに如なる故にてや潮引取り船動か
す暗中なれどすかし見れば四方干潟となり葛島佐右衛門堤へも徒歩にて行くべき有様
に夢かと計り驚きて帰らんとすれど詮方なく鷄鳴の頃少しく潮の来るに任せ漸く下知
仮端の辺に来り又船すはり一人綱にて之を引き漸く夜明に市中にかへりしとぞ是れ五
日の震の兆なりいづれ震も潮も同一対のものといへば考拠になるべき兆ならずや
偖又番時親しく震災に逢ひし人の話によれば
㈤大震前数日間時々海上にて大砲の如の響あり
されば此十一月五日大震前に已に土佐国にありては海潮の狂ひ又震動の鳴響等ありて多少
平常に異なりたる予徴を示し居りし者の如し
(丁) 大震の時刻、状况
【傍点始】安政元年十一月五日午後四時過絶大地震を感ず【傍点終】当日天気快晴にして温照小春の如く高知城
下は南川原に相撲興行ありて貴賤見物これに群集し居り一時大混雑を極めしといふ但大震
の後少時間を隔て数回の烈震を感じ此の如き連日継続し時日を経るに従ひ震力震数次第に
減じ一二年に至り休止すること古今の大地震と同じ
(戊) 震 力