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コレクション: STAGE2

土佐古今ノ地震 - 翻刻

土佐古今ノ地震 - ページ 29

ページ: 29

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      (己) 津 浪 十一月五日大震の前より海潮狂ひ居りし事は已に (丙) 震前異兆の章に述べ置きしが偖当 日【傍点始】大震の日には一時間を経ずして津浪溢れ来り【傍点終】三災録に曰く  凡高潮は大震すれば半刻をまたずして打入るものなり今度の震は申の中刻 (午后四時) 潮  は酉の上刻 (四時五時の間) 押入り来りしなり 偖海潮の狂は地震後三四年間鎮定せざりし由なるが今確実なる古記録に見へたる其概要の 光景を記せん  ㈠安芸郡甲浦  十一月五日大潮入り人家流失  ㈡高知市 十一月五日大潮入り瞬ヶ中、浦戸港内、【傍点始】地潮より三尺四五寸高【傍点終】となり城東       新町下知一円海となる       仝十六日潮高し       仝廿五日暴風雷鳴潮高く下知近傍坐上より五六尺上(○○○○)り或は軒を掃ふ       十二月五日堤防成り新町下知潮退く       翌安政二年四月十六日連日風雨鏡川出水潮高し       仝六月朔日、二日三日潮高し       七月十四日より風雨、【傍点始】潮大震の日より二尺高く【傍点終】平潮より都合|五尺四五(○○○○)|寸(6、誤植)高(○)       く海辺は【傍点】七尺高く 市街近傍一円海となる潮江、比島、大津、鹿兒、介良、       衣笠、下田、五台山、諸村潮水一面皆山根まで来る【傍点始】大震後八ヶ月を経て海       潮の狂猶此の如し一度地震すれば海水の平穏に復するは中々遠きこと是に       て知るべし【傍点終】  ㈢吾川郡浦戸  十一月五日津浪起る桂浜は一軒も残らず流失す潮勢浦戸山にて防げ      るとの風説あり然も余波高く入り浦戸は人家坐上より五尺上る  ㈣【誤植】高岡郡久礼村  五日海潮浸入土民の内五十人斗り八幡社山に登り免る  ㈥【㈤、誤植】幡多郡小満目  四日より潮高く五日大震人家皆流  ㈥仝  宿毛  海水山手に達し人家全浸  ㈦仝  沖島  五日大津浪浸入庄屋三浦氏の米積船船坂といへるに泊せしに津浪の       為め押流され松の大木に上など流れ行き大深浦の山端にて自然と船すはり       兎角する中干潮となり三里許り陸地を乗下り切戸より漸、海に出づ  ㈧仝  柏島  五日大震後山の如き大潮三度打来る稲荷社安産木の辺に至り退く大       潮退く後も平潮は猶一尺余の余浪浸入し居れり       (庚) 大震後の小震