みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE2

土佐古今ノ地震 - 翻刻

土佐古今ノ地震 - ページ 38

ページ: 38

翻刻

はやといふ間もあらばこそ立ちどころに楼上の雨戸を吹き飛ばして其行衛を見失ひたりき是 はと驚き起ち出で其防禦をなさせんとしに此時より忽ち引続き猛烈なる防風は一瞬の隙間 なく一分間に数回の度数を以て非常の勢にて吹来り其勢力は回一回に加はり家倉はゆらゆ ら動きて宛ながら大地震の如く午後七時半より八時前後に及びては其暴風の勢力最激烈な る頂点に達し柱梁の崩れ落つる音、屋瓦の飛散する響、遠近に聞へて物凄ぐ一時は家屋も 微塵に砕けて世界は此限かと危ぶみし程の事もありき 折々戸の吹外されたる隙間りよ外部を望めば雨は左程に多量ならざりしも空中を飛び行く 塵芥等が摩擦の為め光を放つやに又は空気自身に電光を放ちし為にや火事場の火粉の如き もの無数空気中を飛行するを見受けたりき 午後十時の頃に及び俄然として風已み雨収まり所謂大風後の光景にて一入の寂寞を覚へぬ 初防風の起りしよりこゝに至るまで其間僅二三時間許り随分急激の経過なりき偖翌二十九 日の朝未明に起き出で街上を見渡せばこは如何は大震後の光景も之に及ぶべくもあらぬと 思ふ程にて先、市中の家屋は一も無疵の物なく大抵屋瓦半ば剥け落ち黄土の膚を露はし雨 戸、障子、唐紙其他諸種の什器は吹き飛されて街上に堆く積み重なり或は大厦の其儘潰れ 込み長屋の横倒れとなり庭園の樹木は半ばより捻ち切られ土塀板塀は将棋倒に倒れ凡市中 一町の間も自由の通行は出来難き程の有様に見受けたりき やがて屋根上に上り四方を望みしに高知公園の旧城天主櫓は堊瓦半ば剥げ壁土崩れ落ち剰 さへ三百年の名残を留めたりし銅鋳の鯱鋒も飛び去りて跡役なく又東孕山の山内 家檜山は 有名の黒味のある宝山なりしに其千万本の桧木は皆中幹より吹き折られ宛ながら白木の箸を 立てたる如き最目覚ましき観物なりき其外遠近野山の景色見るとして荒涼を極めざるなく 其惨憺の光景実に言語以て語る能はず文字以て写す能はず古来有名の天災、記録に留めて 其実を知らざりしもの今日面の当りこれを見て坐ろに古来人に伝えへても強ち空言のみにあ らざるのみならず其天災の絶大なるものは記録と雖も容易に実を写す能はざるに感じたり き 是、余が八月廿八日の暴風に就て一応の見聞と且感触せる事実なるが其後時日を経過して 各地災害の詳報を聞き又一二の地に就て実地被害の跡を見るに及びては益其損害の重大に して余が想像の上に出でたるに驚きたり今以下章を追ふて順次其事実を列記せん      (戌) 大暴風に於ける気象観測 明治三十二年八月廿八日の大暴風は気象学上より之を観察する時は例年秋季本邦に来襲す る旋風の一にして其性質は少も稀有のものに非ず唯其勢力の非常に過大なりし為め特に被 害地方に於て格別の注意をひくに至りしものなり獨惜むらくは当日暴風の最強度に達せん としたる午後七時十五分より《ルビ:高知測候所の風力計忽ち該暴風の一倍加力の為め吹飛され|〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇》こ