翻刻
此宿のもの壱人も遁る人なしこれ〳〵の坐敷に十六人の泊りありその
内潟町の人もありたるよしいまた焼跡そのまゝあれハ死體なと
尋ね見給へといふに任せまた焼あとへ参りをしへられたる坐敷見積
よく〳〵尋ぬるに天窓八ッ焼残りありそのなか手足計りあるひハ手足
ハ焼け失ひて胴のみなるも有り彼これ見積るに凡十六人計りの数にハ
合たりされとも誰を誰とも定めかたくけれハまた五丁町へ立もとり
さま〳〵尋ね問ふに夜前四人計りの若人遊所町へ往れたりも
そのうちにハなしやといふそれもいつくと定めかたけれハとやをむかく
やと思惟するに人に選われこゝ迄尋ね参り手をむなしく立戻らんも
いふ甲斐なき業也遊女町へ行たる若衆四人と承とそ耳にこたゆれ
よく〳〵我仕たくこそあれとて本人の国名俗名を呼色々市中を
めくれハ皆人犯人なりと目ひき袖ひき訇り笑ふ扨彼四人ハかゝる
仏郭に出て生如来遊ゆぬも本意ならすと壱人の僕は宿に残し遊女
町の楼上に歓楽を尽す折しも此変に逢ふて少しきに万死を
免れ出たれともおの〳〵わかれ〳〵になりおのれハ免れ出たれとも彼らハ
必非業に死したるらんとかたみに思ひ歎き合ひ今や知れ人に逢ん
もしや迎の来りなんとそこゝとはかりなくさまよひ居る折しも
彼おのこ他人の謗りを厭す例の囲所を喚色〳〵参けれハ
そこよりひとりかしこより一人終に四人の若人再会を得て
たゝ泣くより外さらに調なし扨もかの残し置たる僕死したる事