翻刻
右は愛知県全市郡に関する《ルビ:震災|しんさい》の一班なれども今読者の《ルビ:見易|みやすき》からん為め記事の重複を
《ルビ:厭|いと》はず其の実況を各市郡に分つて《ルビ:記載|きさい》すれば
●名古屋市 は《ルビ:戸数|とすう》四万三千八百七十三戸、人口十六万五千三百三十九人を備へた
る《ルビ:大市|たいし》にして人家《ルビ:稠密|てうみつ》、街衙八達其の《ルビ:繁昌|はんじやう》はをさ〳〵三都にも《ルビ:劣|おと》らず然るに市民は是
まで《ルビ:屡〻|しば〳〵》天変地妖に《ルビ:遭遇|さうぐう》したる事もなく至極安穏に《ルビ:生活|せいくわつ》し居たりしかば十月廿八日の
大地震《ルビ:起|おこ》るや市民の《ルビ:周章狼狽|しうしやうらうばい》は一方ならずスワといふ間に《ルビ:簷傾|のきかたむ》き《ルビ:塀倒|へいたを》れ且市内七ケ所
より一時に火を《ルビ:発|はつ》して今や将に全市は《ルビ:灰燼|くわいじん》と化し去らんとする有様なりしかば人々《ルビ:孰|いづ》
れも《ルビ:活|いき》たる心地は無かりしに《ルビ:出火|しゆつくわ》は幸ひにも消防夫、警官及び第三師団工兵等の《ルビ:尽力|じんりよく》
に依りて《ルビ:消止|けしと》めたれば市民も漸く《ルビ:安堵|あんど》の思ひを為せしが去りとて大震後《ルビ:屡〻|しば〳〵》小地震あ
りて今にも再度の《ルビ:劇震|げきしん》あるやも図り難き模様なれば誰とて家屋の《ルビ:中|うち》に《ルビ:起臥|きぐわ》する者は無
く孰れも《ルビ:市街|しがい》の中央若くは《ルビ:空地|あきち》等に仮小屋を作りて茲に漸く雨露を《ルビ:凌|しの》ぎ夜は失火を恐
れて一軒として《ルビ:洋燈|ランプ》を用ふる家なく孰れも《ルビ:蝋燭行燈|らふそくあんどん》の類を点じ且夜中《ルビ:放火|はうくわ》する者あら
んも《ルビ:図|はか》り難しとて各々内の者《ルビ:徹夜|てつや》にて火の番を為し《ルビ:太鼓|たいこ》、《ルビ:鉦|かね》を《ルビ:敲|たヽ》きて市中を巡行する
など其の《ルビ:騒動|さうだう》大方ならず最初の《ルビ:大震|たいしん》にて同市の西部即ち枇杷島へ《ルビ:接近|せつきん》せし処にては地
面に《ルビ:亀裂|きれつ》を生じ《ルビ:砂交|すなまじ》りの濁水を《ルビ:噴出|ふきいた》し
編者云ふ《ルビ:地震|じしん》の際地面の割れ目より《ルビ:泥水|でいすい》を噴出することあるは最も《ルビ:解|かい》し易き道理にし
て地下幾段かの《ルビ:水脈層|すゐみやくそう》は《ルビ:罅裂|かれつ》の為めに水道を《ルビ:縦断|じゆうだん》せられ其の割れ目が《ルビ:震動|しんどう》の度毎に
《ルビ:圧迫|あつぱく》せらるヽ故に終に地上へ水を《ルビ:搾出|さくしゆつ》せらるゝものにして猶ほ《ルビ:喞筒|ポンプ》の水を噴出する
と同一の理なり又其水の《ルビ:濁|にご》りて間々粘土等を交ふるは地下の割れ目が《ルビ:動揺|どうやう》する為め
に生ずるものにして其の《ルビ:噴出|ふんしゆつ》せし粘土を撿するに少しも《ルビ:硫気|りうき》等を含み居らざるを以
ても《ルビ:個|こ》は地下《ルビ:僅|わづ》かに数十尺の処より《ルビ:搾出|さくしゆつ》せられたるものにて決して《ルビ:噴火作用|ふんかさよう》より生
ずるには非ず又《ルビ:罅裂|かれつ》の多かりし地方村民の物語を《ルビ:聞|きく》に《ルビ:裂|さ》け目より泥水を噴出する前
に当り折々《ルビ:火気|くわき》の発せしを認めたりと云ひしが《ルビ:個|こ》は地下の《ルビ:罅裂中|かれつちう》に生ずる《ルビ:摩擦電気|まさつでんき》
の働きにして是れ亦《ルビ:火脈層|くわみやくそう》より生ずる《ルビ:現象|げんしやう》にはあらざること《ルビ:明|あき》らかなり去れば斯る現
象を見て今回の地震を《ルビ:噴火地震|ふんくわぢしん》なりと云ふは地質学に《ルビ:精|くは》しからざる者の妄説なりと
知るべし