翻刻
其勢ひ如何にも《ルビ:凄|すさ》ましく人々一時は如何に《ルビ:成行|なりゆ》くやらんと唯だ《ルビ:茫然|ばうぜん》たりしも理りなり
殊に《ルビ:悲惨|ひさん》に堪へざりしは最初大地震動して《ルビ:坤軸砕|こんじくくだ》け《ルビ:屋舎傾倒|おくやけうたう》して《ルビ:飛瓦|ひくわ》雨の如く《ルビ:塵砂瀑|ぢんさぼう》
《ルビ:々|〳〵》たる中に老若男女《ルビ:悲鳴号叫|ひめいがうきう》せし声は今猶ほ《ルビ:耳底|じてい》に《ルビ:響|ひゞ》く如くに覚え猶ほ其後ち各処を
《ルビ:巡視|じゆんし》せしに路上処々に《ルビ:鮮血淋漓|せんけつりんり》たるを認めしかば斯くては幾千百人の《ルビ:死傷|ししやう》ありしなら
んと思ひ合されて《ルビ:悚然|きようぜん》たりしが後ちに警察本部の取調べを見れば死傷者の《ルビ:割合|わりあひ》に少か
りしは《ルビ:幸|さいは》いと云ふべし同市中の《ルビ:潰|つぶ》れ家戸数及び死傷者総数等は前の《ルビ:震災|しんさい》一覧表に《ルビ:掲|かヾ》け
たる通りなるが今は同市中重なる《ルビ:被害|ひがひ》を《ルビ:挙|あ》ぐれば左の如し
町 名 総戸数 全潰 半潰 焼失家屋 総人口 死亡 負傷者
花車町 四五〇 五二 四五 ー 一、八三五 九 九
新道町 四七七 四一 七三 ー 一、〇六五 六 一〇
押切町 四六二 四九 三五 ー 二、一七九 一二 〇
隅田町 二五五 六一 一〇九 ー 九八六 四 一〇
八阪町 一五七 七〇 三〇 ー 八四二 九 九
監獄署 ー - - ー - 一二 七六
《ルビ:右|みぎ》は《ルビ:潰|つぶ》れ家の最も《ルビ:多|おほ》かりし町名を《ルビ:挙|あぐ》ぐるに過ぎずして本町通り広小路等の《ルビ:堅牢|けんろう》なる家
屋中にも概して辻々の《ルビ:角家|すみいへ》は一《ルビ:方|ぽう》より押されて《ルビ:顚倒|てんとう》せし者多く其他柱《ルビ:曲|ゆが》み《ルビ:簷|のき》傾きたる
家は《ルビ:数|かぞ》ふるに《ルビ:遑|いとま》あらず斯る《ルビ:有様|ありさま》なれば同警察本部にては《ルビ:従来|これまで》卅六所の出張所ありし上
へ《ルビ:更|さら》に卅七か《ルビ:所|しよ》の交番所を《ルビ:増置|ざうち》し昼夜《ルビ:警戒|けいかい》非常なるが《ルビ:為|た》め爾後盗難に《ルビ:罹|かヽ》りたる者殆と
《ルビ:絶無|ぜつむ》の有様なりと《ルビ:云|い》ふ又各地倒壊の《ルビ:家屋|かおく》《ルビ:甚|はなは》た《ルビ:夥多|おびたゞ》しく之れが為め《ルビ:圧伏|あつぷく》せられて出づる
ことを《ルビ:得|え》ざる《ルビ:者其|ものそ》の幾千なるを知らず警察官の《ルビ:救護|きうご》も到底足らざるに《ルビ:依|よ》り《ルビ:第|だい》三《ルビ:師団|しだん》にて
は《ルビ:各連隊|かくれんたい》を罹災地に《ルビ:派出|はしゆつ》せしめて《ルビ:死人|しにん》の採掘に尽力し《ルビ:或|あるひ》は出火の場所に《ルビ:出|い》でゝ消防に
《ルビ:助力|じよりよく》し又は救助所に《ルビ:出|い》でゝ《ルビ:炊出|たきだ》し方に尽力し《ルビ:又毎夜市中|またまいよしちう》に出張し部署を《ルビ:定|さだ》めて《ルビ:非常|ひじやう》を
《ルビ:警戒|けいかい》せしめ或は監獄に《ルビ:出張|しゆつちやう》して獄外に《ルビ:出|い》でたる千五百《ルビ:余名|よめい》の囚徒を《ルビ:守護|しゆご》する等其尽力
《ルビ:実|じつ》に《ルビ:一方|ひとかた》ならざりき《ルビ:其他|そのた》の模様は一々別に《ルビ:小標題|こみだし》を設けて左に列記するを《ルビ:覧|み》て知りた
まへかし
〇名古屋郵便電信局の壊倒 《ルビ:名古屋広小路|なごやひろこうぢ》に在る郵便電信局は宏大なる《ルビ:煉瓦家屋|れんぐわかおく》にて
《ルビ:同市中堅固|どうしちうけんご》なる建築物なりと《ルビ:称|しよう》せらる〻《ルビ:程|ほど》なりしに此大地震にて三《ルビ:階|がい》より《ルビ:上|うへ》の煉瓦壁
は《ルビ:瓦落|ぐわら〳〵》々々と《ルビ:崩|くづ》れ家根は一時に潰れつゝ《ルビ:宛然升落|さながらますおと》しの如く落ち掛り来りしかば折ふし