翻刻
速成(そくせい)を専らとするものあるより今回の地震地に於ける煉瓦造家屋の脆(もろ)くも全潰半潰
の惨状(さんじやう)を見るに至りたることなるべし又煉瓦烟突を積上(つみあ)ぐるには一日三尺以上を超ゆ
べからざるの法なるに一日六尺乃至八九尺を積上げ得意(とくい)に其の速成(そくせい)を誇る者さへあ
るは実に驚くに堪へたり夫の名古屋郵便電信局は某(ぼう)技師(ぎし)の担当(たんたう)に係り外観の壮麗全
国に比なきも其地形(そのちぎやう)の充分(じうぶん)ならざるは疾くより建築(けんちく)学者(がくしゃ)間の知る所にして斯る建造
物は或は倒(たほ)るゝならんと云ひ囃(はや)したるが果して今回の地震(じしん)に堪へざるを見れば煉瓦
造建造物は土台(どだい)の堅固(けんご)なると精良のセメントを用ふること其塗り方及び其(そ)の積上方(つみあげはう)に
注意(ちうい)する等の怠(おこた)るべからざる事
○名古屋停車場の顛倒 同市|笹島(さゝじま)なる鉄道(てつだう)停車場も同時に顛倒(てんたう)したれど幸ひに詰合の
駅員(えきゐん)には死傷者なく汽車庫、客車庫等も異状(ゐじやう)なかりしかば罹災(りさい)当日(たうじつ)より直ちに潰れ家
の取(とり)片付(かたづ)けに着手(ちやくしゅ)し取敢へず板囲(いたがこ)ひを以て仮(かり)待合所を設け何時にても旅客の上下に差(さし)
支(つかへ)なき用意(ようい)整(とゝの)ひたれど如何にせん名古屋以西の鉄道|線路(せんろ)は損所(そんしょ)甚だしくして急に修繕
行届(ゆきとゞ)くべき見込みも無(な)ければ先(ま)づ同所以東岡崎までの線路(せんろ)を修繕(しゅうぜん)し一日も早く東京へ
直行(ちょくこう)の通路(つうろ)を開(ひら)かんとて鶉尾、佐竹の両技師は部下(ぶか)の工夫(こうふ)を督(とく)して夜を日に次(つ)いで修(しゅう)
繕(ぜん)を取急(とりいそ)ぎ漸(やうや)く十一月六日より名古屋東京間の運輸(うんゆ)を開(ひら)くを得(え)たり(鉄道線路損害の
模様(もやう)は別(べつ)に巻末に記載(きさい)せり) 又名古屋在勤の鉄道庁員、駅長以下の駅員(ゑきゐん)諸氏(しょし)は其(そ)の家(か)
屋(おく)多(おほ)くは半潰(はんつぶ)れとなり今(いま)にも再震(さいしん)あらば壊倒し去(さ)るべき有様なるにぞ孰(いづ)れも其(その)家族(かぞく)を
停車場内に引纏(ひきまと)め上等、中等、下等の客車(きやくしや)を仮(かり)の住(すま)ひとなし茲(こゝ)に起臥(きぐわ)せしめ居(を)りしが
後(のち)には停車場構内に仮(かり)小屋(ごや)を設けて居住(きよぢう)し居(を)るを見受(みう)けたり
○名古屋監獄署 同(どう)監獄署(かんごくしよ)にては大地震の際建物七棟|瓦落(ぐわら)々々(〳〵)と壊倒し庇(ひさし)落ち瓦(かわら)飛び
て其(そ)の物音|凄(すさ)ましかりければ在監中(ざいかんちう)なる千五百|余名(よめい)の囚徒(しうと)は孰(いづ)れも周章(しうしやう)狼狽(ろふばい)して騒動(そうどう)
一|方(かた)ならず村井典獄も始(はじ)めは囚徒(しうと)を監外(かんぐわい)に出(いた)さずして之(これ)を警護するの考(かんが)へなりしが多(た)
人数(にんず)の事(こと)なれば其(そ)の取締り行届かず已(や)むを得(え)ず囚徒一同を監外に出(いだ)す事(こと)となしければ
市民(しみん)は此事(このこと)を伝(つた)へ聞きて一層恐怖の念(ねん)を増(ま)し斯(か)くては震災を免(まぬ)かるゝとも盗難(とうなん)放火(はうくわ)の
災(はざは)ひに罹(かゝ)りて此上の憂(う)き目(め)に遭(あ)ふことあらんとて其(そ)の取締(とりしま)り方を訴へ出(いづ)る者(もの)もありし由(よし)
故(ゆゑ)に典獄(てんごく)よりは第三師団兵に依頼(いらい)して監の外部(ぐわいぶ)を警衛(けいゑい)せしめ警官(けいくわん)も一|層(そう)警戒(けいかい)を厳(げん)にせ